〈「いだてん」第7回「おかしな二人」あらすじ〉
治五郎(役所広司)の口車にのせられて自費で渡航費を用意しなければならない金栗四三(中村勘九郎)は、兄・実次(中村獅童)に藁(わら)にもすがる気持ちで資金援助の手紙を出す。いよいよ出場選手としてオリンピックのエントリーフォームに名を連ねる四三と弥彦(生田斗真)。弥彦の豪邸で海外の食事マナーを学びながら、四三は、三島家の冷めた親子関係を感じ取る。それは貧しくとも自分を応援してくれる家族とは全く異なる姿だった。しかし、いっこうに兄からの便りがなく困り果てる四三。そんなとき、目の前に救いの神が現る!?(番組公式HPより)
高く笑う女
控えめに言って、わたしは可児に夢中である。大胆にも優勝カップを注文した可児を見て以来、可児が出てくる場面が楽しみでしょうがない。可児が涙声になって、体液を大量分泌する四三を抱きしめたりすると、もうたまらないものがある。
可児は、金勘定を担当していながら四角四面というわけではない。ちょっと小心で、そのくせ情にもろく、突然ハメをはずしたり、ずけずけと本音を言うところがある。その可児が陰口を言う。「でまた安仁子が…容赦ないんだ」。いつもは生真面目な永井が珍しく同調する。「出た安仁子。大体なんなんだあの出しゃばり女は」。二人は口さがなく大森安仁子と兵蔵の噂話をする。宮藤官九郎は、人を使って人を語るのがうまい。すでにキャラの立っている可児と永井が陰口をたたくことによって、これまではちらちらとその片鱗を見せていた安仁子のキャラがぐっと引き立つ。
「出しゃばり女」とは言い過ぎな気もするが、全く当たっていないわけでもない。たとえば、三島家での食事会でのこと。和歌子が薩摩人ときいて、親しげに西南戦争のことを語ろうとする四三の話を和歌子はぴしゃりと遮る。「意味んなか話、まだ続けやっとな」。ここで、可児が取りなすように小さく笑うのに対して、安仁子は高らかに笑う。その、あまりに大きすぎる声が、気まずくなった空気をさらに凍り付かせる。彼女の高い笑い声のショットは、実は先の可児の台詞にも効果的に挿入されていた。だから先のミスター・クラブの台詞は正確にはこう書くべきだった。「でまた安仁子が(アハハハ)容赦ないんだ」。
思えばシャーロット・ケイト・フォックスは、かつて『マッサン』で、ウィスキー造りを目指すマッサンのもとにスコットランドから嫁いできたエリー役として、日本の文化に必死でなじもうとする姿を演じていた。旧家の台所で釜の米がうまく炊けたと大はしゃぎするその可憐な演技を覚えている人も多いだろう。それが『いだてん』ではまるで逆のキャラクターとなり、日本文化しか知らぬ四三に、ナイフやフォークの使い方を厳しくしつける安仁子役を好演している。
安仁子は四三のことを「フォーティースリー」と呼ぶ。名前を番号のように呼ぶその口ぶりにも、彼女の「容赦なさ」が表れている。そういえば、「しそう」という呼び名に慣れてきたせいで忘れていたが、四三は、父信彦が四十三才のときに生まれたのでそう名付けられたのだった。四三がフォーティースリーと数字で呼ばれるたびに、まるで四十三才の子、四十三才の子と繰り返し呼ばれているような哀愁が漂う。病弱で気弱だった父親の影が四三のテーブルマナーにも染みついているように見えてしまう。
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