電書ハックで炎上した漣野。その胸に去来する祖母の思い出とは?

【第21回】
「自業自得の引きこもり」「売れない作家の自爆テロ」。ついに電書テロが漣野の仕業だったことが暴かれ、ネットは大炎上。その時、漣野の胸に去来するのは、引きこもりになった時に「出版社から本を出して、私に読ませて」と励ました祖母の想い出だった。

文学少女が編集者として一人立ちしていく姿を追いながら変貌する出版界の明日を占うお仕事小説。

■五 絡み合う思い


◆茫々たる焦土を臨む

 十一月の中旬になった。漣野(れんの)は、自宅の二階の部屋で、ぼんやりとモニターをながめている。この数日、ネットを見て、食事をして、寝るだけの生活を続けている。なにも手がつかなかった。小説を書く気力が湧いてこなかった。精神は極限まで疲弊しきっていた。

 机の上のスマートフォンが着信音を鳴らした。相手の名前を見て、漣野は電話に出る。

「南雲(なぐも)です。炎上が続いていますが大丈夫ですか」

 小さく息を吸い込み、一呼吸置く。南雲からは毎日のようにかかってくる。この数日は出る気がせず無視していた。春日(かすが)からもかかってくるが、そちらは完全に放置している。

「思った以上の手応えですよ。多くの人が注目してくれています。これまでの僕の小説で、最も読まれていますよ」

 声はわずかにかすれていた。冷静を装い、虚勢を張る。

「私はネットに詳しくありません。漣野さんに教わり、少しずつこの世界を学んでいます。その私から見て、今の状況はとても危うく感じています。小説の人気とは別のところで数字が動いていると思います。

 読まれているのではなく消費されている。ワイドショー的なネタとして扱われている。このままでは、本来の漣野さんの、そしてREN9の読者が離れかねません。日が過ぎてみれば焼け野原になって、なにも残らないのではないですか」

 なにも答えられず沈黙する。南雲は労るような声を出す。

「三日前、とうとうREN9が漣野久遠だという考察が出ました。それ以降、大変なことになっていませんか。

 漣野さんは、ネットの連載をまとめて、実名にした電子書籍を出すと言っていました。しかし、先にネットで正体を暴かれてしまいました。これでは攻撃をする側ではなく受ける側になる。心ない人が、個人情報を上げているのを見ました。漣野さんのことが心配です」

 中学時代の卒業アルバムの写真をアップしている人間がいた。高校時代に級友の小説を印刷してばらまいたと書いている者がいた。住所も公開された。自称ユーチューバーが、ドローンを飛ばして勝手に家の様子を撮影していた。

 自業自得の引きこもり。
 売れない作家の自爆テロ。
 編集者と喧嘩する子供の作家。

 多くの人が、漣野を名指しで攻撃していた。炎上という名の祭りに参加するために、騒ぎたいだけの人間が大量に押し寄せていた。

 掲載している小説投稿サイトの感想欄は荒れていた。馬鹿。死ね。作者を応援するメッセージもわずかにあったが、野次馬たちのコメントに押し流されていた。

「岩田(いわた)さんや春日さんから抗議は来ていませんか。芹澤(せりざわ)さんから嫌がらせを受けていませんか。既に出版社は特定されていますから。
 もうやめませんか電書テロは。この先、実名で電子書籍を発売することに意味はありません。それどころか傷を深くするだけです。それに、今ネットで連載している小説は失敗作です。その実名版を出すことは、恥の上塗りでしかありません」

「失敗作? どういうことですか」

 友人と思っていた相手に、作品を貶された。怒りとともに声をぶつける。

「漣野さんに聞いた計画では、出版社と個人のどちらが上か、二つの傑作を書くことで白黒つけるという話でした。
 でも、実際にネットで発表した小説は駄作です。現実の劣化コピーです。あなたはフィクションの力を、小説の力を信じていません。虚構で現実を凌駕する。それこそが、小説家が小説を書くべき理由だと私は考えています。
 あなたが公開している作品はガラクタです。漣野さんが本当に書きたいことは、なんですか。誰からも強要されない自由な立場なのに、あなたはいったいなにを書いているのですか」

 漣野は電話を切った。これ以上、南雲の言葉を聞きたくなかった。全て事実だった。言われなくても分かっている。書きたいことが書けていない。誰の枷もないのに、自分自身で枷をはめている。

 自分はなにをやっているのだろう。

 なぜこれほどまでに苦しんでいるのか。漣野は、自分の心のうちを分析する。自身の過去を掘り下げる。
 一つだけ思い当たることがある。紙の本が出ないことが、思いのほか大きな心の傷になっている。

 自分が書く動機。

 初めて会った日、葬式の席にいるように沈んでいた南雲よりも、自分の方が紙の本にこだわっていたことに気づく。

 漣野は机から離れて、畳の上に寝転がる。父方の祖父が建てた家。柱は痩せて、天井はところどころ隙間が見える。その天井を囲むように、背の高い本棚が並んでいる。

 ネットで書いていた自分が、なぜ紙を目指したのか。

 漣野は本棚の一角を見る。写真立てがある。そこには祖母の写真が収められている。漣野が紙の本を出そうとしたのは、祖母の言葉が切っ掛けだった。


 引きこもりになって以降、漣野は祖母と長い時間を過ごすようになった。幼い頃とは違い、会話は少なかった。漣野はひたすらパソコンに向かい、心の疼きを小説にして、ネットに吐き出していた。

「ねえ、久遠ちゃんは、最近小説を見せてくれないわね」

 漣野の部屋の本棚に、自分の本を取りに来た祖母が言った。

「プリンターが壊れたんだ」

 突き放すように答える。噓だった。プリンターで印刷しようとすると、橋本(はしもと)の影がちらつくのだ。額から汗が出て、指先が震えるのだ。

「おばあちゃんはさあ、パソコンのモニターじゃ小説を読まないだろう。だから見せてないんだよ」

「ふーん、そうかい」

 祖母はプリンターに視線を向ける。漣野が引きこもりになった経緯を祖母は知っている。プリンターが壊れていないことも、あるいは気づいているかもしれないと思った。

「それじゃあ、出版社から本を出して、私に読ませてよ」

 祖母は驚くべきことを言う。

「ペンネームを使うことは許さないわよ。本名で出すこと」

「ちょっと、なにを言っているんだよ、おばあちゃん」

 漣野の名前は、上の名も下の名も変わっている。本名を使えば、すぐに漣野だと周囲にばれてしまう。

「どうせなら、この本棚に並んでいるような出版社から出ると嬉しいわね」

 祖母は孫が越えるべきハードルを、気軽な言葉で上げてくれた。

「テーマはそうねえ、友情について書いてくれないかしら」

 悪戯を思いついた少女のような顔で、祖母は漣野に告げた。無茶を言わないでよと漣野は答え、祖母を部屋から追い出した。

 一人になったあと、しばらく無言で考えた。

 —どうせやることもないしなあ。

 本棚の本をいくつか抜き、出版社を調べた。そして、それらが主催している新人賞をネットで探して、リストを作った。

 自分はけっこう書ける人間だ。そうした自負もあった。あるいは人気作家になれるのではないか。そうした驕りもあった。

 本にするためには、長編の賞を取らなければならない。短編では雑誌に載るだけなので、祖母の願いを叶えることはできない。

 漣野は計画を立てて、毎日一定量ずつ書き進めた。ネットに毎日小説を投稿していたため、その書き方が性に合っていた。

 最初の小説は予選で落ちた。二作目も同じように名前すら挙がらない。三作目からはやり方を変えた。どうすれば攻略できるか緻密に考えるようになった。ゲームの勝ち方を探すように、様々なパターンを試した。

 一年間で十作書いた。その九番目の小説が賞に引っ掛かった。大賞ではなく佳作。オリンピックなら、銅メダル程度の賞だ。

 編集者に呼ばれて、本を出してみるか問われた。大賞ではないから部数はしぼることになると言われた。

 その頃、祖母は体調を崩していた。まさか死ぬことはないだろうと思ったが、高齢なので不安がある。早く果実を得たかった。祖母が喜ぶ顔を見たかった。

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#電書ハック

柳井政和

小説が好きで出版社に就職した春日枝折だったが、配属されたのは電子書籍編集部。 紙の本から戦力外通告を受けた老作家、ネット民には刺さる準引きこもり作家、紙の本には目もくれないデジタル電子書店員たちとの出会いに戸惑う枝折。 やがて作家たち...もっと読む

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