PIXAR

ヒットに見放されたジョブズと謎の会社ピクサー

1994年11月のとある日、突然かかってきた電話の相手はシリコンバレー随一の有名人だった。ジョブズは当時ヒットから見放されていたが、カリスマだったことは間違いない。ジョブズの口から聞いた「ピクサー」という会社は全く知らなかったけれど、とにかくジョブズに会うことになった・・・。
3月14日に発売する『PIXAR 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』(文響社)より特別先行掲載!

第1章 運命を変えた1本の電話

 1994年11月のとある午後、オフィスの電話が鳴った。

 当時、私は、シリコンバレーでEFI(エレクトロニクス・フォー・イメージング)という会社の副会長兼最高財務責任者をしていた。そのころ急成長していたカラーのデスクトップパブリッシングに使う製品を開発する会社だ。
 この日、サンフランシスコ空港にほど近いサンブルーノは秋晴れのいいお天気だった。電話を取る。もちろん、だれからなのか知らずに。有名人からなどとは思いもしなかった。

「もしもし。ローレンスさん?」

「はい、ローレンスです」

「スティーブ・ジョブズです」

 電話の主はたしかにそう言った。

「雑誌であなたの写真を見かけ、もしかして仕事をご一緒できないかと思いまして」

 あのころはシリコンバレーで茶飲み話といえばスティーブ・ジョブズの失脚という時代だったが、それでも、本人から電話というのは思わず固まってしまうほどの驚きだった。

 10年ほど前にアップルから追放される前ほどにはもてはやされていないかもしれないが、この業界に彼以上のカリスマがいないのも事実だ。その彼が私のことを知っている、しかも、わざわざ電話をしてくれた。これで興奮するなというほうが無理だろう。

「ぼくの会社のことで、ちょっとご相談したいことがあるんです」

「ピクサー」なんて聞いたこともない!

 ネクストか。それしかない。ネクストコンピューターの話だ。待ちわびた第2幕とするべく彼が最近打ち込んでいる事業、キューブ型という風変わりな形のワークステーションで知られる会社だ。 ただ、あそこはかなり危ない状態にあるともうわさされている。少し前、ハードウェア部門をたたまざるを得なくなった後は、そう言われることが増えた。
 そうか、ネクスト社を立てなおしたいのか。それはおもしろいかもしれない。そう思った瞬間、思わぬ言葉が飛び込んできた。

「ピクサーという会社なんですけどね?」

 え、ネクストじゃないのか。ピクサー? 聞いたこともないぞ?

「おもしろそうですね」

 知らないと気づかれたくなくて、私はこう答えていた。

「詳しくうかがえますか?」

 会って話をすることになった。 半ばぼうっとしながら私は電話を切った。

 スティーブ・ジョブズから電話? マジかよ。
 だが、興奮はすぐに冷めた。ちょっと調べてみただけで、浮き沈みの激しいピクサーの歴史があきらかになったからだ。

 スティーブは、8年前、ルーカスフィルムからスピンオフしたピクサーをジョージ・ルーカスから購入。そして、ハイエンドの画像処理用コンピューターと関連ソフトウェアを開発しようと数百万ドルをつぎ込んだが、成果はあまり上がっていない。コンピューターの開発はずいぶん前に中止されているし、ピクサーをなにが支えているのか、だれに聞いても確たる答えが返ってこない。

ヒットに見放されたジョブズ—天才か、暴君か

 だいたい、スティーブ・ジョブズはシリコンバレー随一の有名人だが、であればこそ、もう長いことヒット商品を出せていないことに目が行ってしまう。ヒットに見放されて本当に長いのだ。アップルで1985年に担当をすべて外される前にてがけていた製品ふたつ—Lisaと初代マッキントッシュ—は、いずれも商業的に大失敗しているし、ネクストのコンピューターも実用性より自己満足が優先された製品だと言う人が多い。

 技術的にはすばらしいとされたが、サン・マイクロシステムズやシリコングラフィックスのもっと安価で互換性の高いマシンに負けっ放しだ。過去の人になりつつあると言ってもいいだろう。

 スティーブ・ジョブズに会ってピクサーの話を聞くと言うと、友だちも会社の仲間も、口をそろえたように「なぜそんなことをするんだ?」と尋ねてくる。
 でも、気になってしかたがないし、会うだけなら問題の起こりようもない。というわけで、スティーブのオフィスに電話をかけ、会う時間を決めた。
 いろいろと言われている人物ではあるし、どういう話になるのかもまったくわからなかったが、私は、スティーブ本人に会えることを楽しみにしていた。シリコンバレーで言われているように気まぐれな暴君なのか、それとも、パーソナルコンピューター革命を推進した天才なのか。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
PIXAR

ローレンス・レビー /井口耕二

ジョブズが自腹で支えていた赤字時代、『トイ・ストーリー』のメガヒット、 株式公開、ディズニーによる買収……アップルを追放されたスティーブ・ジョブズとともに、小さなスタートアップを大きく育てた真実の物語。 3月14日に発売する『PI...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

edy_choco_edy 面白そうな書籍 25日前 replyretweetfavorite

BuckeyeTechDoc おもしろそうでしょう? おもしろいよ~!? QT @nest1989 この記事、反則(笑)。続き読みたくなる>「 27日前 replyretweetfavorite

nest1989 この記事、反則(笑)。続き読みたくなる>「 27日前 replyretweetfavorite

tobu1 特別先行掲載だっ! 👉 28日前 replyretweetfavorite