『弟の夫』のスタート地点
溝口彰子(以下、溝口) 田亀先生は、これまでのゲイ・エロティック・アートの路線と、完結した『弟の夫』や、同作に続いて現在連載中(2019年1月コミックス1巻発売)の『僕らの色彩』という一般向けの路線と、並行してお仕事されています。
『弟の夫』は教育的なメッセージが物語のなかに綿密に張り巡らされている一方で、男性キャラクターは体毛もあり、子ども以外は重量級ということで、いつもの田亀先生らしさも感じる作品でした。そこで、これだけはお聞きしようと思っていたのですが、ゲイ・エロティック・アートを描くときと、『弟の夫』などの一般向け作品を描くときで、物語の作り方にはどんな違いがあるのでしょうか。
田亀源五郎(以下、田亀) まず、たしかに『弟の夫』は啓蒙的とか教育的とかよく言われるんですけど、これは私が意図してやったことではないんです。スタートの段階では、今まで世の中になかったような男性同性愛をテーマにした作品を描こうと考えていて、“ヘテロ向けゲイマンガ”があったら面白いんじゃないかな、と思いつきました。
これまでのゲイをテーマにしたマンガでは、どうしても恋愛やセックスの部分で話が動いていきましたが、『弟の夫』を読んでいただいた方はわかるように、同作では恋愛もセックスもありません。でも読んだ人は、ゲイの話であることを疑わないでしょう。それは、自分で言うのもなんですが、まったく新しいものだと思ったんですね。
つまり、個人の内面や欲情、あるいは個人間の恋愛ではなく、社会のなかで可視化したゲイとその周辺のドラマを描こうと思った。すると自然に、「現実社会ではこういうコンフリクト(対立)が起こりそう」とか、「もしかしたらこういう和解の可能性があるかも」というのが導き出されてきた。ならば自分が今まで感じてきた、日本の社会で起こっているさまざまなゲイ・イシューを、どんどん突っ込んでいこうと思いました。これが『弟の夫』です。
田亀源五郎さん
溝口 なるほど。狙いはそこだったのですね。
田亀 はい。そういう意味で言うと、結果として啓蒙的だとか教育的だとか言われるのはやぶさかではないのですが、別にそうしようと思って描いた作品では全くありませんので、このあたりはよく誤解されて残念だなと思っているところです。私の創作動機がそうだと思っている人も結構いるので、そこにははっきり「違いますよ」と言っておきたいです。
弥一役の佐藤隆太に開口一番謝罪されたワケ
溝口 ほかに工夫された点はありますか?
田亀 私はプロの作家なので、自分の好きなものを描きつつ、それをどうやって読者も面白いと感じてもらえるようアピールするか、というのは常に考えていました。『弟の夫』は発表媒体が青年誌だったので、読者は最大公約数的にはヘテロの若い男の子、もしくはおじさんだろうとあたりをつけて、それらの男性が物語に没入できるよう、色々設計して描いたという感じです。
例えば主人公の弥一(やいち)にしても、読者に近づけようと私自身は普通体型のつもりで描いていたんですが、そうでもなかったみたいで……。だって、私のマンガのいつものキャラと比べると、すっごく筋量少ないと思うんだけど(笑)。
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