左から、溝口彰子さん、田亀源五郎さん、エスムラルダさん。
「噂は聞けども姿は見えず」なふたりの初顔合わせ
エスムラルダ(以下、エスム) 皆さまこんにちは! 本日はこの晴天のなか、屋内にようこそいらっしゃいました(笑)。本日司会進行をつとめます、エスムラルダと申します。なぜ私が今ここにいるかというと、実は、学習院大学で教鞭をとっておりまして……はい、ウソで~す(笑)!
ではなくて、実は今日ご登壇いただく溝口彰子さん、そして田亀源五郎先生と、長いお付き合いをさせていただいています。溝口さんとは四半世紀前からのご縁、田亀先生とも15年前くらいにトークイベントをご一緒させていただいて以来のご縁で、今日は司会を務めることとなりました。ではさっそく、田亀先生と溝口さんにご入場いただきたいと思います。どうぞお入りください。
まず、田亀先生は、ゲイ・エロティック・アーティストとして、ゲイ雑誌を中心に活動されています。最近では青年誌「月刊アクション」に連載された『弟の夫』というマンガがたいへんなヒット作品となり、2015年には文化庁メディア芸術祭マンガ部門の優秀賞、そして2018年には日本漫画家協会賞、アメリカのマンガ賞であるアイズナー賞最優秀アジア作品賞も受賞されています。
田亀源五郎(以下、田亀) えらくなったもんだよ(笑)。
エスム (笑)。そして、溝口彰子さんはBL研究家で、学習院大学や多摩美術大学をはじめ、色々な大学で教鞭をとっていらっしゃいます。最近では、『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』と『BL進化論[対話篇] ボーイズラブが生まれる場所』の著書がヒットし、この2冊が2017年度センス・オブ・ジェンダー賞特別賞を受賞されています。そんな輝かしい受賞歴のあるおふたりの初対談ということで、色々とお話しいただこうと思います。
田亀 溝口さんの存在は前から知ってはいたんですよ。LGBT業界というと語弊はあるんだけど、2丁目を中心にしたゲイ・レズビアン文化圏というものがあるとすると、そこではやっぱりビッグネームなので。
溝口彰子(以下、溝口) うふふふ(笑)。
田亀 私個人は全然接点がなかったんですけど、私のまわりにいる人はみーんな接点があるんです(笑)。今日もちほらと共通の友人も来ていますし。
エスム 噂は聞けども姿は見えず、みたいな感じですね。
田亀 そう。オープンリー・レズビアンでボーイズラブを研究しているというところが、とてもユニークで面白くて。「どんな方なんだろう」と興味は持っていました。
人はいつ“トコロテン”に出会うのか
溝口 ありがとうございます。私のほうは田亀先生の作品に出会ったのは早くて、2000年くらいでした。ちょうどその頃、今はなき「アニース」というレズビアンとバイセクシュアル女性のための雑誌が、ゲイ雑誌「Badi」(2019年1月発売の3月号をもって休刊)を出しているテラ出版から出ていた時期があったんです。私は「アニース」にはライターとして関わっていたのですが、当時「Badi」では田亀先生の『銀(しろがね)の華』が連載中で、「アニース」の女性編集者たちも夢中で読んでいました。
田亀 ありがたいです(笑)。
溝口 ある日、編集部に遊びにいったときに、編集者が興奮して「溝さん! 今月の田亀先生の『銀の華』すごいですよ!」って言うんです。なにがすごいか聞くと、「ついに“トコロテン”ですよ!」って
一同 (爆笑)
溝口 見せてもらったら、毛むくじゃらでマッチョな“男女郎”が鴨居から吊るされていて……、そのとき初めて“トコロテン”の意味を知った(笑)。編集者はみんなレズビアンやバイセクシャルの女性だから、自分自身のセクシャリティとは限りなく遠い作品なのに、あまりにもすごいのでみんな目が離せなくて、毎月固唾を呑んで読んでたんですよね。それが田亀先生の作品との出会いだったと思います(笑)。そして、私の1冊目の本『BL進化論』が出たのが2015年の6月くらいだったのですが、同じ頃に『弟の夫』の1巻が出て。いつか田亀先生とはちゃんとお話ししたいなと思っていました。
なにが起きても不思議じゃない“闇鍋”対談
エスム 今日はそんなおふたりの初顔合わせということで。
田亀 なにが起こるか……。
溝口 闇鍋みたい(笑)。
田亀 (笑)。言い方悪いけど、「“ホモとレズとオカマ”が性表象について語る」って、なにが起きても不思議はない(笑)。
エスム しかも、学習院大学という由緒あるこの学び舎で(笑)。初っ端から脱線しますが、学習院って、毎年春にOB・OGの集いが行われているんです。で、私、今から15年くらい前に、あるOBの方から「その会に出演してほしい」と依頼され、屋外でショーをやったことがあるんですが(笑)、合間にトイレに行こうと思い、構内をドラァグ・クイーンの格好のまま歩いていたら、楚々とした老婦人に「奥様、教務課はどちらでしょう?」と尋ねられました。さすが学習院ともなると、女装相手でもちゃんと「奥様」って言ってくださるんだなと、感心しました。
田亀 この格好で歩いている人に道を聞けるというのがすごいよね(笑)。普通こういう人が日常空間にいたら、みんな、山岸凉子先生の『天人唐草』(※)かな?って思うよね。女性というよりも、女性性を大幅にオーバーしているわけだから。
※『天人唐草』:1979年発表の短編。過剰なまでに性的なものを抑圧されながら育ったヒロインが、ある事件をきっかけに発狂し、奇抜なファッションに身を包み奇声を上げながら徘徊するようになってしまうという、世にも恐ろしいお話。
エスム 学習院のみなさんは、お子様の頃からやんごとなき方々を見慣れていらっしゃるので、物事に対する許容範囲が広いというか、並大抵のことでは動じないのかもしれません(笑)。
SMしか描かないと決めていた
エスム 田亀先生は『弟の夫』で、ゲイの弟を亡くしたシングルファーザー・弥一が、「弟の夫」であるカナダ人のマイクの来日に戸惑いながらも、それをきっかけに、娘の夏菜とともに性をめぐる偏見や家族について考え直す、感動的な物語を描いておられます。 同作で幅広い層のファンを獲得された田亀先生ですが、一方で、ゲイ・エロティック・アーティストとして、かなりハードボイルドな男性同士のSMものを描いていらっしゃるため、最近、こんなお話をよく耳にします。 ゲイ男性が、『弟の夫』で田亀先生のファンになった70代や80代の母親から、「田亀源五郎さんのほかの本、読んでみたいんだけど」と尋ねられ、返事に困るという……。
田亀 その話って万国共通らしくて、アメリカでもそのネタ振られた(笑)。
先日、『弟の夫』の英語版が出たので、その宣伝とかサイン会でNYコミコンに参加したのですが、ほかのマンガ家さんと一緒に壇上でトークした際にも「この人はハートウォーミングなファミリーマンガを描いているんだけど、それ以前のキャリアは実は……」という感じでいじられまして(笑)。
だから、イベントの最後に作家が客席に向かって、どこにアクセスすれば作家の情報が手に入るか一人ひとり説明するときには、「私の名前をググっていただくと情報は出てきますが、アクセスするときは後ろに誰もいないか確認してからにしてくださいね」って伝えておきました(笑)。ほんとに万国共通でいじられていますね。
エスム でも本当に、これまでの作品は、『弟の夫』とはカラーがまったく違いますよね。もちろん、その振れ幅の大きさが、田亀先生の魅力の一つなのですが。
田亀 自分自身がSM好きというのものあって、これまでの作品もそれを強く反映していますね。というか、昔はSM以外は描かないと決めてましたから。
溝口 そうだったんですね。そうすると、『弟の夫』を描くにあたり、きっかけや心境の変化があったんでしょうか。
田亀 心境の変化というほどのものではないんですよ。ちょっと身も蓋もない言い方ですが、単純に、媒体があったから描いたんです。一般誌からお声が掛かって、一般向けのネタを考えてできたのが、『弟の夫』です。「ダメだろうな」と思いながらも「こんなのどうですか?」と提案したら、編集部から「OKです!」と。だから、実現するためになにかしたとかいう面白い裏話みたいなのは一切ないんです。
エスム なるほど。
田亀 もともとSMしか描かないと決めていた理由は、私はアートは人間を描くものであって、アーティストの内面を出すものだと思っているからです。私にとっては、自分の内面や本質にどこまでも深く迫れるのが「セックス」という題材であり、その中でもゲイのSMであるという確信があったんです。だから、ずっとそれだけを追求してきたんですね。 やっぱり、純化されればされるほど、表現は強靭になっていくと思うんです。よりパワフルな表現を生み出すためには、夾雑物はぜんぶシャットアウトして、コアな部分をどんどん深く掘り進める。そうしたら、どこかにつながる穴が空くんじゃないかと思いながらやっていたので。
溝口 なるほど、その掘り下げの迫力が、レズビアンとバイセクシャル女性編集者やライターをもとらえたのかもしれません。
田亀 そういう理由があって、自分が好きな、コアな部分だけ——平たく言うと、「毛むくじゃら・ヒゲもじゃの男がひどい目に遭うSM」だけを掘り進めていったんですが、それも一段落したなと感じることが10年くらい前にあったんです。それで、ここからはそこまで自分をガチガチに縛らずに、もうちょっと気楽に、今までは描いてみたいと思っても、自分のコアじゃないからとやめていたものも、そのときの気分で描くようにしようかな、というふうに気持ちが変わりました。
溝口 10年前ということは、17~8年とかの長い期間、ゲイのSMだけを追求されていたわけですね。なるほど。
構成:的場容子
講演主催・企画協力:学習院大学大学院人文科学研究科身体表象文化学専攻
次回「『弟の夫』弥一役・佐藤隆太に田亀源五郎が謝罪された理由」は、2月27日(水)更新予定!