マルコス政権崩壊時に決行された金塊移動作戦とは?
35
「ご照会の件、確認しました。どうも鈴木特別捜査官の推理通りのようですね」
電話の主は吉井警部だった。
「戸籍は調べたのですが、東京生まれで父親も母親も日本人だったのでうかつでした。しっかりと追及しなかったのが失敗でしたね」
「それで、母親の本名は?」
「アメリカから渡って来た時の入国記録でのパスポート名はサントス西原美津子。もともとは日本人だったようです」
「なるほど。すべて繫がりましたね」
ハッチスター特別捜査官からの情報は次のようなものだった。
ホワイトハウスも国防総省も正式には認めようとしないが、金塊移動作戦が実行されたことはほぼ間違いない。その折バタックから救出されたのは混乱の中で殺されたマルコスの側近サントスの夫人とその娘だった。ボディガードとしてリーという台湾系フィリピン人が同行している。アメリカ政府はこの三人をサンフランシスコに亡命させ、アメリカの市民権を与えている。
すぐに確認を依頼したサンフランシスコのFBI特別捜査官からの報告は次のとおりであった。
白骨死体として見つかったのはドング・ホー・リーという台湾系アメリカ人。死因は脛骨骨折。一九八九年の春、突然一家が姿を消した時期と推定死亡時期が一致する。
一家がサンフランシスコに移住したのが一九八六年で、妻の名はみつこ、娘はクリスティーン(Cristine)。二人の死体はまだ見つかっていない。
みつこは敬虔なカソリック教徒で、チャイナタウンのカソリック教会に所属していた。娘は近くの公立高校、ジョージ・ワシントン(George Washington)校に通っていた。
そして、吉井警部は、サントス西原美津子とサントス西原実歩の二人のアメリカ人が日本に入国していることを確認した。
その後の捜査はさすがに警視庁だった。
フィリピンでの確認作業もすべて警視庁とインターポールがやってくれた。文字通りFBIの出る幕はなかった。お互いの面子を守るためにもちょうどよい協力関係だった。
実歩の誕生で提出された出生届の記載は次のようであった。
実歩
昭和四十五年七月十二日、世田谷区用賀生まれ
父:相馬信三
母:美津子
西原美津子は相馬信三と同棲中に実歩を産んだ。相馬信三には別居中の前妻がいたため、実歩を認知するも戸籍上は正式な夫婦とはならなかった。
翌年、信三が交通事故で他界し、美津子は銀座のクラブで働きながら実歩を育てていたが、客として美津子をみそめたフィリピン人サントスの後妻としてフィリピンに渡った。
実歩が四歳の時である。
サントスには死別した先妻との間にフィデルという男の子がいた。サントスは日本人である妻と娘が差別に遭うことを恐れ、自分の息子とともにマニラではなくバタックの家に住まわせた。実歩とフィデルは実の兄妹以上に仲の良い兄妹としてバタックで育った。
しかし、幸せは長く続かなかった。
次々と起こった政変の中、サントスは殺害されてしまった。美津子はイメルダの侍女として仕え、フィデルはフィリピン空軍に入隊した。
そして、マルコスの亡命の時を迎える。
イメルダは長年マルコスの側近として仕えたサントスの後妻、侍女として尽くしてくれた美津子とその娘実歩の将来を気遣い、アメリカ空軍の金塊作戦の当日に二人を亡命させることを要求する。
そして、空軍にいたフィデルを残して二人はリーと共にサンフランシスコに亡命、移住した。
残されたフィデルは米国海軍に移籍し、特殊部隊で活躍した。
三年後、リーはサンフランシスコを訪ねて来たフィデルに殺害された。恐らくは何らかの口論があったのだろう。美津子は実歩を連れてチャイナタウンのカソリック教会に逃げ込み、助けを求めた。
キャセイ神父は二人を匿い、日本に逃がす画策をする。やがてふたりはアメリカ人として日本に入国した。一九八九年の住民登録では、前住所はサンフランシスコで、二人とも日本人だった時と同じ名前で記載を済ませている。
その後、実歩は、当時慶大の助教授だった椎名忠義と結婚した。
ニューヨークタイムズの記者が書き残したメモは、すべて、実歩のことを意味するものであった。
最初のメモ、
AAF
PRS XI
BATAC
は、鈴木が解読した通り、
American Air Force(アメリカ空軍)
Presidential USAF Warfighting Integration(ウォーファイティング インテグレーション・大統領命令によるアメリカ空軍戦闘時統合)
Batac City(バタック シティー・バタック市)
そして、二つ目のメモ、
CRIS
YG F
SKL O GW
とは、
Cristine
Young Girl From
School of George Washington
と、解読できる。
つまりは、「ジョージ・ワシントン校から来た若いクリスティーンという名の女の子」の意味だったのである。