この国では、ベッドと台所でしか女性が求められていない

【第8回】
保育園に光を迎えに行った明人は、モデルのように小綺麗なまなみと言葉を交わし、
複雑な気持ちになる。
その日も妻の美砂の帰宅は遅かった。
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「どうして政治家になったのか?」と訊かれて、「男に生まれなかったから」と答えたことがあります。

 せめて政治家になれば、男と対等になれるはず。そう信じていた。

 結婚した当初、人からよく言われました。

「おまえのことだからもっと有名人と結婚するのかと思ったよ。大物政治家とか、警察官僚とか、それとも金持ちとか」

 権力志向の強い女だと思われているのでしょうね。ずっと誤解されています。

 あの人は本当に楽しい人でした。

 仕事の肩書に惹かれなかったと言えばうそになりますが、出会ってすぐに、この人の子どもを産みたいと強く思いました。

 不思議な魅力があるから。だから女性以外にもモテたのでしょう。

 結婚後も私の仕事をよく理解してくれました。「美砂、この国は女性の地位が低すぎるよ。ベッドと台所でしか女性が求められていない」と、考え方も一緒で。

「政治家としてもっとアピールしなきゃダメだ」と応援してくれて、そうした後押しがあったから、光を議会に連れて行きました。当時は「パフォーマンスだ」などといったご批判も頂きましたが、一石を投じることができた手ごたえを感じたものです。

 北欧では女性議員が議会を傍聴しながら赤ん坊におっぱいをあげています。まだまだ時間はかかりますが、日本でも同じ光景がめずらしくないようにしていきたい。

 保守的な方々から叩かれて、落ち込むことがあっても、彼はいつも慰めてくれました。

「いつだって俺は美砂の味方だよ」って。

 私は、信じていたんです。

 それが、あんな風になっていくなんて、当時の私は忙しすぎて、気付いてあげられなかったのだと思います。

 でも今にして思います。体のいい能書きは全部捨てて、私がいちばん欲しいのは、もっとも抱かれたいと思っていたのは、優しい夫でも、可愛い子どもでもなく、大きな権力なのだと。今ならわかります。


 美砂は朝五時に起床した。昨夜家に帰ってきたのは夜の十一時過ぎ。帰宅してからもしばらくだらだらしていた。忙しかった日ほど、こうした時間が欲しくなる。風呂からあがり、長い髪にドライヤーをかけ、その後も関係各所にメールをした。一時にベッドに入るとき、光の寝顔を見る。可愛くて仕方がない。生まれてくれてありがとうと思う。明人も寝息を立てている。抱きしめられながら眠りにつきたいが、この頃は明人が先に眠っているため叶わない。明朝も(と言っても数時間後だが)明人が起きないよう、スマホのアラームを最小のボリュームにしている。「俺も目を覚ましちゃったじゃないか」と何度か怒られたことがあるからだ。とはいえテレビの生放送なので寝坊は許されない。緊張したまま眠りにつくため、あまり深く眠れない。ダブルベッドの端にスマホを置いて、美砂はシーツに横たわった。

 朝七時、TOKYO MXのニュース番組「モーニングCROSS」に出演する。MCの堀潤が番組を進行している。一時間半の生放送で、日替わりのコメンテーターがいま気になることをテーマに、七分ほどの持ち時間を好きに喋っていいコーナーがある。月に一度の出演で、ギャラもさほどではないが、美砂は毎回張り切って話す。これまで「性暴力の被害者支援」「放送法四条と公職選挙法一五一条」「実名報道の問題点」などについて語ってきた。隣に保守とは名ばかりの極右系論客や、時代とズレた老害が座ると、美砂の話を遮ることもしばしばだ。

 この日はこんなことがあった。政権寄りで有名な大手新聞社の論説主幹だ。

「どこからがセクハラか全然わからんよ。結局あなたたちは同じ発言でも若くてイケメンならオッケーなんでしょ? それってあなたたちが好んで使う〝差別〟とどう違うの? 男は勉強して社会で働いて苦労して偉くなっても、あなたたちのきまぐれな匙加減で人生が転落するんだよね。いまの時代は女が最強だよ」と、したり顔で言ってきた。

 美砂は即座に反論した。

「いまの発言はあなた個人ではなく、あなたが勤める新聞社の総意と捉えてもよろしいですか?」

 論説主幹が言い返すより先に美砂は畳みかける。大学で弁論会に所属していた彼女には、ディベートはお手のものだ。

「まさかあなたは上司として新人の女性記者に、〝情報提供の見返りにセクハラぐらい甘んじて受けるのが一人前の記者の証だ〟などと教育していませんか?」

「断じてない!」

「そうですか。官房長官の定例会見で、ひとり気を吐いて質問をする部下の記者に対してあなたは、〝何でも直撃質問すればいいと思っている厚顔無恥の女性〟〝ただのおバカかピエロ〟などと、パワハラ発言をしているぐらいですから、〝寝床でネタを取ってこい〟などと命じているのかと思いました。逆に男性社員がセクハラをしても〝記者として優秀だから〟などと擁護したことはありませんか?」

「うちはそのためのセミナーをやってますよ!」

「この国は他国に比べてレイプや性的虐待の事件件数が少ない。被害者が警察に訴えることはしない。〝冤罪だ〟とか〝ハニートラップだ〟とか〝やられたほうも悪い〟〝どこからがセクハラなのかわからない〟などと被害者を二次加害する人が多いからです。セクハラ防止のセミナーも結構ですが、人権教育のセミナーも開いて下さい、ぜひ」

 美砂は舌鋒鋭く論破した。論説主幹は苦虫を嚙み潰した顔になる。

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東京パパ友ラブストーリー

樋口毅宏

有馬豪は、渋谷にあるファンドマネージメント会社のCEO。30歳のイケメンであり、イクメンだ。 娘の亜梨が通う保育園で、鐘山明人というおっさん建築家と知り合い、飲みに誘われる。 これが、それぞれの妻を巻き込んでの地獄の幕開...もっと読む

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