いだてん』第6回「お江戸日本橋」〜治五郎は蒸気、四三は液

脚本・宮藤官九郎、音楽・大友良英、演出・井上剛と、伝説の朝ドラ「あまちゃん」の制作チームが再結集。大注目のNHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」第6回「お江戸日本橋」。羽田で行われたストックホルム・オリンピックの予選会で見事世界記録を大幅に更新してゴールした四三。これで日本の「いだてん」の誕生、と治五郎が満足したのもつかの間、四三が選んだ道とは…!?

〈「いだてん」第6回「お江戸日本橋」あらすじ〉
オリンピックに送るに足るだけの選手を見つけて喜ぶ治五郎(役所広司)だったが、派遣費用が莫大で頭を抱える。おまけにマラソンを制した四三(中村勘九郎)は、負ければ腹切りかと恐縮し、短距離の覇者・弥彦(生田斗真)は帝大後の進路を考えたいと出場を断る。そんな二人に治五郎は「黎明(れいめい)の鐘」になれと熱弁する。そのころ、若き日の志ん生こと孝蔵(森山未來)も師匠・橘家円喬(松尾スズキ)に、車夫ならば落語に登場する東京の街並みを足で覚えながら芸を磨けとヒントをもらい、東京の“へそ”日本橋界隈をひた走る。(番組公式HPより)


人物と精神の3D劇

 宮藤官九郎の書く劇では、見物する人々が重要な役目を果たしている。会話の中心が二人のときも、二人きりでいるより、そこに見物する人々がいる方が、視点が複数になり、会話の進行がより立体的になる。おっと、「立体的」などとつい曖昧な決まり文句を使ってしまった。言い換えよう。奥行きである。タテヨコである。3Dである。

 奥行きとは何か。たとえば嘉納治五郎が四三を説得する場面を見よう。四三が「行きとうなかです!」と返答するや、治五郎の表情が一変する。やかんの湯が沸騰しすぎている。ここだ。もう奥行きが出ている。治五郎、蒸気、四三。まるでターナーの絵のようではないか。そして注意すべきは、このときの体協メンバーたちの配置だ。四三の横にはまるで腕木式信号機のようにエントリー・シートを水平に差し出したまま突っ立っている永井、背後にはさきほどからずっと四三を見守っている可児、そして左に大森兵蔵、華やかなドレスをまとった大森安仁子、福田源蔵。レンブラントの集団肖像画のごとき奥行きを持った一幅の絵画がここに現れる。絵を突き破るように治五郎が怒鳴る。「何!?」

 タテヨコとは何か。永井は突き出したエントリー・シートをようやくテーブルに置くと、消沈したように衝立の向こうへと退く。それを合図と見た可児が、大森夫妻と福田を促し、やはり衝立の向こうへと導く。しかし、これで見物人がいなくなったわけではない。人の奥行き知覚は、遮蔽物によってより強調される。彼らは衝立の影に隠れることによって、配置の奥行きを強調し、見物人の見物人らしさをはっきりさせる。ここで遮蔽の影から、彼らがいかにはみ出しているかに注意しよう。長身の永井の頭は衝立の上からはみ出し、治五郎と四三のやりとりを注視している。一方、可児はしゃがんで、衝立の下から事の成り行きを観察している。ほらここだ。永井可児コンビでタテヨコが出た。

 そして、この見物人たちがただの見物人ではないことは、衝立の影、体協のメンバーの側から映し出したショットで明らかになる。先ほど体協のメンバーが協議した痕跡が、黒板の文字となってはっきり映り込んでいるからである。白墨の文字は五人のメンバーの名を示している。「カナクリ ササキ イデ ミシマ アカシ」。予算が潤沢にあれば、この五人全員を呼びつけることができる。しかし、五人をストックホルムにやるだけの金が体協にはない。五人どころか、四、三、中指すら立たない。人差し指一本、一人がぎりぎりなのだ。金がないから、やりくりなのだ、カナクリ一人なのだ。衝立は、五人だったはずの候補者を隠し、五人を一人にせざるをえなかった、金の問題を隠している。メンバーは治五郎に金の問題をちらつかせるように、衝立のタテヨコあちこちから顔をのぞかせる。手前の治五郎はオリンピック精神、中景の四三はイノセンス、そして後景の体協メンバーは金。人物の配置も、精神の配置も3Dだ。

抱きしめる大人

 金栗のイノセンスは方言に表れる。足袋の質に疑問を持つと、頑固な播磨屋相手にも無邪気に疑問をぶつける。「ばってん…」。思ったことばがそのまま口をついて出る。東京で方言が通用するかどうかをまるで気にかけない、そのイノセンスが相手の気に障る。「そのばってんが気に入らねえ!」 そう播磨屋に言われたばかりだったのに、金栗は気づくと、治五郎を相手に山ほど熊本弁を使っている。それがいちいち治五郎の気に障る。「すいまっせん…」「すいまっせんだよ、本当にさ!」「ばってん…」「ばってんなんだね!」「そぎゃん大きな大会と知らんで。そぎゃんですか」「そうだね! そぎゃん大会の予選だったんだよ、羽田のあれは」

 しかし、数日後、四三が再び体協を訪れると、

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

演出・井上剛と音楽・大友良英との対談も収録!

今日の「あまちゃん」から

細馬 宏通
河出書房新社
2013-12-25

この連載について

初回を読む
今週の「いだてん」噺

細馬宏通

近現代を扱ったNHK大河ドラマとしては33年ぶりとなる「いだてん〜東京オリムピック噺〜」。伝説の朝ドラ「あまちゃん」と同じ制作チーム(脚本・宮藤官九郎、音楽・大友良英、演出・井上剛)が、今度は日本人初のオリンピック選手・金栗四三と、6...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

iiiiiqc 10年前の日記をひもといてみたら、もうこんなふうには言葉と交われ~ん!と思って、イノセンスのこと思い出した。わたしはもう抱きしめる大人になりました。え~い、何が何でも抱きしめてやる!(そして、ちらと衝立の向こうを見る) https://t.co/xrNuhDrsw5 2ヶ月前 replyretweetfavorite

matiere さて、再放送を前に復習(`・ω・´) (2019/02/12) いだてん第6回「お江戸日本橋」〜治五郎は蒸気、四三は液| 2ヶ月前 replyretweetfavorite

tksa4883 今週も見事なレビュー!奥行きが深い!! #いだてん いだてん第6回「お江戸日本橋」〜治五郎は蒸気、四三は液|細馬宏通 @kaerusan | 2ヶ月前 replyretweetfavorite

tsumeclippers 金栗家の特質だったのかw https://t.co/iyWAD91LQz >四三の目から、涙がこぼれる。彼は椅子にへたりこんで言う。「行きます」。涙はいまや、こぼれるどころではない。目から、鼻から、だだもれになっている。金栗家の人… https://t.co/1li6ewyh0T 2ヶ月前 replyretweetfavorite