性同一性障害を救った医師の物語⑭

たとえ罰せられても医師として覚悟の上。国や法律ができる前から医療は存在してるんだ」。性同一性障害の手術を約600例執刀した医師・和田耕治の知られざる物語。 日本国内で性転換(性別適合)手術がタブーの頃から自らの哲学のもと、性に悩める患者を救い続けてきた伝説の医師が今蘇る!書籍「ペニスカッター」より、本文を抜粋してお届けします。

性同一性障害を救った医師の物語⑭

前回からのあらすじ
順調に見えた性転換手術であったが、二〇〇二年に患者が手術後に急死する事件が起きる。原因の解明と適切な罰を求める耕治であったが、取り調べが長引き、その原因の検証が続くことになった。

第10章 最も不幸な医療事故ー2

スタッフの証言

事故から二年以上も経ってから事情聴取が始まった時の、当時の心境を述べたスタッフの記録も見つかっている。

今回の事故は医療従事者として絶対わすれてはいけない事だから事故そのものの事は決してわすれないし、ご冥福を願っています。しかし事故の原因がわからない状況で今現在働かなくてはいけないし、他国の未熟なSC〔性転換〕の修正もしているため、O P〔手術〕の流れ的には患者さんに行った医療行為を今もしています。

事故前からもともと医療行為を行うにあたり慎重、冷静に行っていて、今現在も更に厳重に注意した上 で行っています。 二年前の医療行為で何か問題があったのならその直後に事件追及されていた方が、し っかりした記憶を持って事情聴取にのぞめましたが、二年もたった今、小さな事まで全て細かく説明しろといわれると自信がないです。こちらサイドで何かわかったミスや隠蔽行為みたいな事をしているのなら、ある意味その秘密を守る為、綿密に話を合わせたりするから逆にぴったり申し合わせたように、事故にかかわった人間の話が合うため信憑性があるかも知れませんが、ウチは逆に一切打ち合わせをしていないし、事故直後に はあれやこれや考えて精神的にきつい状態でしたし、当局で調べてもらっていたと思ってましたが、結果は出ていないとの事ですし。

事故の真相がわからない今、内容の見解もむずかしいことを考えていたら本来の、冷静、慎重に従事する事すら全てに疑いをいだき逆に神経過敏になり過ぎ、精神的に状態が落ち着かなくなるので、事件追及の為の 捜査に協力はしますが、二年もたった今、事情聴取される辛い立場に多少なり理解して頂きたいです。 事件早急真相解明して頂きたい気持ちは、加害者とされている人間もあります。もちろん被害者の遺族も同じ気持ちでしょうから、早く解決して欲しいです。

と説明しましたら刑事さんが、捜査一課が調査する事になって、もう一度同じ事や細かい内情や色々しつこく聞くことになって、和田先生やスタッフに何回も来てもらう事になるし、事故の時の心情や今更みたいに細かい事や一応関係ないような内容も聞くけど、と。

ただ僕たちは(常に二人は絶対取調室にいる)和田クリニックが性転換していた事を法律的にはダメでも(中略)悪い事をしていたと思っていないし、ただ解剖の結果がまだ出てなかったけど、もう少しあとで出ると言うことで、急遽、捜査一課に変わることになり、むずかしい問題もあるから天満署だけでは無理なんで捜査一課も入るってなっただけなんで、と。「TVで見たりしてるこわいイメージで考えないで。神経も高ぶらせて申し訳ないけど協力してくれないですか? 早く解決できるよう努めるし、それには事実確認し ないといけないので二年経って辛い事を思い出させて悪いけど協力して」と言われて連日取り調べが続きました。

書類送検へ

ようやく警察が方針を示したのは、そんな日々が続き、事故から三年半も経った二〇〇五年六月一七日のことであった。

「性転換手術死亡で書類送検へ」『NHK』
「性転換:術後死亡で大阪市北区の執刀院長を近く書類送検」『毎日新聞』  
「性転換手術で死亡立件へ   大阪府警   業過致死容疑、搬送遅れなど複合ミス」『産経新聞 (大阪夕刊)』
「性転換手術後に急死、院長を書類送検へ   大阪府警」『朝日新聞(関西)』
「性転換手術で死亡、大阪のクリニック院長を書類送検へ」『日本経済新聞』
「性転換で男性死亡   院長を書類送検へ」『東京新聞』
「性転換で死亡、書類送検へ 大阪府警、業過致死容疑」『共同通信』
「性転換手術で死亡、大阪の形成外科院長を書類送検へ」『読売新聞』  
「性転換手術の死亡事故で初の立件  『ヤミ手術』の落とし穴」『サンケイスポーツ』  
「性転換手術で死亡、立件へ   過剰麻酔など過失重ね」『読売新聞』

記事の概要は「大阪府警は、『発生原因を局所麻酔薬の過量使用、死亡原因を搬送遅延にある』として、執刀した和田耕治院長を業務上過失致死容疑で書類送検する方針を固めた」というものだった。 その日、大阪市北区堂島にある、わだ形成クリニックの入り口ドアには、「マスコミの皆様へ」と題された手書きの貼り紙があった。

マスコミの皆様へ
平成一四年二月二六日に当院でありました医療事故に対し、三年余にわたる取調べの 結果、本日六月一七日、麻酔の過剰投与などの「過失の競合」による業務上過失という ことで、警察署から当院長が書類送検されました。 当院は事故直後から原因解明のため、診療録その他の情報提供を積極的に行い、捜査に協力してきましたが三年以上の年月をかけながら、警察は当院が最初から、事故の病態に一致せずありえないと主張していた麻酔内容、方法を主たる理由として業務上過失致死に問うという結論になったもようです。

この麻酔内容方法に関しては、安全性を確認し、長年にわたり現在も当院で行い続けているものであり、事故の原因となりうるようなものでは全くなく、当院としては、解剖所見でも明らかになったクモ膜下出血を起因とする急性呼吸窮迫症候群の発症を死亡 原因としてとらえています。患者さんの異常に対し、当院は気道確保、気道挿管、人工呼吸などの必要な処置を適切に施し、救命に全力を尽くしましたが、残念ながら病態の急変に追いつかず、死亡するという事態に至ったものであります。

今後検察庁において起訴となるのか不起訴となるのかはわかりませんが、裁判となりましても、当院長は真の原因解明を求め、また事故との関わりについての当院なりの責任を明確にすべく、今後も真摯な姿勢で対応していく所存であります。平成一七年六月一七日 わだ形成クリニック院長

暗闇の三年間ー内面から追い詰められて

耕治は失望していたー。

四ヶ月続いた警察の事情聴取がやっと終わったのが六月一三日であった。一七日には新聞その他のマスコミにより、まだ書類送検されていないにもかかわらず、三年ぶりにまた大々的に報道され、その対応に忙殺されていた。大阪市保健所の立ち入り調査も再度受けることになった。

事故原因については警察と耕治の見解は大きく異なるが、刑法や民法上の責任論とは別に、 残念な結果になったこの医療事故に対し、彼に前向きに賠償を行う意志があることは以前から変わっていなかった。ただ遺族の感情の中にある、単にお金の問題だけでは終わらせたくないという気持ちに対し、どんな形で納得してもらえるかを考えて、事故原因については少しでも、 より詳細な話ができるようになるまで待とうとしていただけである。

そのため原因解明に一歩でも近づきたく、耕治は当初から警察の調査には全面的に協力してきたのであるが、とうてい承服できない業務上過失致死容疑を彼に適用した警察にもうこれ以上協力しても何の真相解明にもならないことが十分わかった。あとは刑事裁判の審理の中で自分も含めた関係者たちが、この事故に対しそれぞれに納得いく結論が出せればそれで良いであろうと感じていた。

事故の翌日すぐに解剖が行われ、また当初から耕治のクリニックは積極的に調査に協力し、 隠された情報など何もないのに、警察側の死因鑑定書が出来上がったのは事故から三年も経った二〇〇五年一月だった。警察は何とかして彼を業務上過失致死に問う結論を得るために動いただけのようである。そのため死因については何ら深く調べられていないままであった。 事実と異なる情報がまた勝手に流れてゆく。またしても世論の標的とされた耕治は、直接・ 間接の言葉の暴力に、じわじわと内面から追い詰められていくのだった。

その間、示談交渉も進めていたのだが、いっこうに進展のない調査のため大幅に長引くこととなった。 耕治はご遺族の弁護士とのやり取りのなかで、「ずるずると意図的に引きのばしを図っているように誤解されますでしょうが、私はそんな姑息な医師ではありません」とその捜査の遅々として進まぬやるせない気持ちを吐露している。

一方、顎の美容整形を受けた女性の死亡事故については、「刑事事件としない」とされ、事故から一年半後には女性の遺族との示談が成立していた。

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性同一性障害を救った医師の物語

和田 耕治/深町公美子

「たとえ罰せられても医師として覚悟の上。国や法律ができる前から医療は存在してるんだ」。 性同一性障害者の手術を約600例執刀した医師・和田耕治の知られざる物語。 日本国内で性転換(性別適合)手術がタブーの頃から自らの哲学のもと、性に...もっと読む

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hojosha 絶賛発売中の新刊『ペニスカッター: 『第10章 最も不幸な医療事故ー2』をUPしました。 https://t.co/srdxvSyxV2 1年以上前 replyretweetfavorite

PagannPoetry cakes今週分です。性転換手術中の医療事故により、結果として性転換手術がマスコミに取り上げられるようになったという皮肉。 https://t.co/Oh0gIZrjnU 1年以上前 replyretweetfavorite