性同一性障害を救った医師の物語⑨

たとえ罰せられても医師として覚悟の上。国や法律ができる前から医療は存在してるんだ」。性同一性障害の手術を約600例執刀した医師・和田耕治の知られざる物語。 日本国内で性転換(性別適合)手術がタブーの頃から自らの哲学のもと、性に悩める患者を救い続けてきた伝説の医師が今蘇る!書籍「ペニスカッター」より、本文を抜粋してお届けします。

性同一性障害を救った医師の物語⑨


前回からのあらすじ
日本での性転換手術の第一人者として奮闘する耕治。暗中模索しながら術式を開発していく。性転換手術はどう変遷していったのだろうか。

第7章 「和田式」の変遷

小陰唇形成も同時に

術後の修正は、他国もしくは国内の他院でSRSを受けた患者だけでなく、もちろん耕治自身が執刀した患者に対しても、最初の頃はよく行っていた。 もともと陰茎や陰囊には個人差が大きい。それによって出来あがりもかなり変わってくる。 また術後の腫れや出血の多寡によっても結果に大きな差が出るものだ。

少しでも元の性器の条件や術後の治り方の違いからくる出来あがりの個人差を縮めたいという願いから、難しい症例に遭遇するたびに改良を重ねました。

主な改良の歴史を言うと、最初は一九九六年末だった。その頃まで小陰唇は陰核形成に使う亀頭部に付けた皮膚を左右に分けて作っていた。小さめ の小陰唇しかできなかったが、かなり良い形を作ることができていた。 しかし亀頭からの血行が不十分の場合、壊死して全滅になるという問題があった。数十例やって成功率は五〇%、これでは苦労の割に報われない。

患者にもカウンセリング時にこの数字を説明すれば余計な不安をあおることになるし、また成功率は半々だとあらかじめ説明しておいても、結果的に壊死が起きた場合はやはりクレームに発展することもある。 そこで、陰茎近位側の皮膚で作るように変えた。しかしこれは作るのは簡単ではあったが、 時が経つにつれ、形が不鮮明になることが多かった。たしかに術後修正で再び作り直すこともできるし、世界的には、小陰唇は二次的に形成されるのが一般的だったが、一度にまとめて形成している術式もあった。それは、主にタイにおいてであった。

タイでは変な形なんですが、最初から作ってましたから、私も何とかもっと良い形の小陰唇を一期的に作りたかったのです。

形が変だと嘲弄しつつも、タイでは小陰唇まで一度で作るというのは、耕治には悔しかったに違いない。形作りには自信があったから、耕治自身が一度にいっしょに作る方法を編み出せば、革命的な大躍進となるはずだと確信していた。何よりも患者の心身的負担、金銭的負担の軽減にもなる。 以来、何度も改良を重ねた。完成度がかなり高くなり安定したのは、二〇〇五年夏のマイナ ーチェンジ版だった。 およそ一〇年間も試行錯誤してきたということになる。

「和田式」の誕生

耕治の小陰唇形成技術の飛躍的向上は、フィリピン人たちのおかげだった。小陰唇は陰茎の皮膚の余裕で、デキの良さが決まる。いわゆる「粗チン」の患者には「小陰唇は厳しいかも……」と技術が安定した晩年になっても、最初のカウンセリング時に弁解していた。 耕治の大阪での開業は一九九六年一月なのだが、その年数人だったフィリピンの患者が翌年から急増した。するとやはり問題になってくるのは、日本人との身体の作りの違いだった。

それまででもイアン・エルヅ法では実はきれいな陰裂の形成が難しかったのですが、平均して日本人より陰茎の大きいフィリピン人が立て続けにきて、割れめが不恰好だと苦情を言われました。それで何とかきれいな割れめを作るようにしようと新しい工夫を考えていたら、偶然に小陰唇も同時に飛躍的に作りやすくなることに気づき、やった〜と喜びました。この新工夫は現在までも続いています。(中略) ほぼ現在のシステムができるまでは、初めて手術を開始して三〜四年くらいかかったと思います。術式の改革は一年に一〜二回は行われました。現行の手術は二〇〇四年バ ージョンの二〇〇五年夏マイナーチェンジ版というものですが、またいつか変わるかもしれません。

これは二〇〇六年五月頃のブログの記述だが、およそ一年後に亡くなったことを考えると、この時点でほぼ最終的なバージョンだったと思われる。それは出だしこそ下敷きがあったとは いえ、今や独自の術式、いわゆる「和田式」が完成していたといっても過言ではないだろう。

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性同一性障害を救った医師の物語

和田 耕治/深町公美子

「たとえ罰せられても医師として覚悟の上。国や法律ができる前から医療は存在してるんだ」。 性同一性障害者の手術を約600例執刀した医師・和田耕治の知られざる物語。 日本国内で性転換(性別適合)手術がタブーの頃から自らの哲学のもと、性に...もっと読む

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PagannPoetry 今週分公開しています。続・性転換手術の方法論。実際にはこういう風に行っているんですね。 https://t.co/yP4FiDylzX 1年以上前 replyretweetfavorite