性同一性障害を救った医師の物語⑧
前回からのあらすじ
性同一性障害への治療が、日本で求められていながらも、誰も手を出したがらないことに危機感を抱いた耕治。手術を自分で何例か手掛けるようになるが、他院での受け入れを断られてしまう。そういった経緯もあり、自分のクリニックを開業することになったのであった。
第7章 「和田式」 の変遷
術後の膣穴の維持
性転換手術を始めた初期の頃は、一例行うたびに新たな課題が次々と出てくるのだった。術式の改良だけでなく、術後ケアの方法も解決を要する問題が多いことに気づかされ、まだまだ発展途上の分野だなと耕治は実感する。 しかし逆に、未完成の治療法だったからこそ、元来物作りが好きで探究心旺盛な彼はますま す興味を抱くことになり、のめり込んでいくのだった。 まずとくに大きな問題は、手術で作られた人工膣が術後に塞がらないように入れておくスティックをどのようにしたらいいかということだった。
たとえばタイでは一〇㎝程度の太短いロウソクが術後の患者に渡され、一日に何回か入れておくよう指示されるのですが、硬いし耐久性もなく、あまり効果もありません。最 近はアクリル製のダイレーターという先のやや尖った硬い二〇㎝くらいの棒を買わせて、 一日に何回か挿入させ、術後の膣の拡張を促すというように変わっているようですが、タイの術後の患者さんを多数見てきた私の経験や、ある大学のジェンダークリニックの知り合いの先生のタイ術後患者の多くの診察所見でも、このような管理法でうまくいっている人は現実にはほとんどいなくて、せっかく作られた膣も使い物になっていないことの方が多いようです。 シンガポールの性転換の病院には一本三万円位で売られている直径三㎝のシリコン製の専用品があって、これはほぼ一日中膣に入れて使う持続留置タイプのもので、私の術 後ケアの考え方に一致するのですが、日本では入手できませんでした。
最初の患者であるAさんの場合は、以前に店のママが性転換手術の後に使用したシリコンスティックがあったので、それをしばらく使うようアドバイスしたという。しかし、今後の新たな性転換手術のことを考えると、何とか使いやすいスティックを準備しておく必要があった。
まず、既製品で転用できるものがないかと探してみた。しかし医療用具から一般の家庭用や業務用の道具類の樹脂製品、大人のおもちゃまで色々と調べたが、適当な太さ、長さ、形状、 材質のものがない。もう自分で作るしかないか、と素材店で良質な成形用液体シリコン樹脂を 入手し、自分で鋳型を製作し、一つひとつ手作りすることにしたのである。 満足できる製品ができるまで一年近くかかった。これはよほど自信作だったようで、最後までその鋳型を使い続けることになる。
シンガポールのものを参考にしましたが、品質も耐久性も私の手作りシリコンスティックの方が優れています。太さは直径三一㎜、長さは出来あがりで一六〜一七㎝ありますが、患者さんの膣長に合わせ、適当に切って使います。手術直後は平均で一四〜一五㎝くらいで使われることが多いです。これとは別に少し狭くなった膣用に直径二七㎜のものも作りました。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。