朝靄を固めて作る杏仁豆腐赤いクコの実はおはようの印
外来患者として、わたしは待合室にいた。
ひび割れたタージ・マハルが視界の壁紙みたいに見えるようになって半年、杏仁豆腐しか食べたくない。
けれどそんなのはおかしいから、相談に来たのだ。
白衣の医師のネームプレートには「氷室」とある。それを見ただけでなぜか、落ち着いた。
先生の体臭か、この診察室なのか病院全体なのか、杏仁豆腐の匂いがする。
「実は僕も、半年前から同じ症状なんです。卵の殻のモザイク画でタージ・マハルを描きませんでしたか?」
「ああ、小学生の時、夏休みに」
「多分それではないかと。それしか思い当たらないんです。視界のタージ・マハルは、その時のモザイク画そっくりではありませんか?」
「言われてみると、そんな気が」
「仏教的に考えると、成仏させれば消えるんですが。僕もお盆休みに実家に行くので探してみます。あなたも探してみてくれませんか? タージ・マハルのモザイク画を」
実家に行くと、母が物置からそれを出してくれていた。年月を経たモザイク画は、一つの欠片が更に細分化され、ひび割れた中世のフレスコ画のようだった。
答え合わせとして、診察室に持参した。
氷室先生のタージ・マハルも、ひび割れたフレスコ画だった。
「僕の見立てが正しければ、ひび割れたモザイク画が、杏仁豆腐のようにふるふるに滑らかになることを欲している。あるいはあなたと僕が、それを欲している。透明ニスを持ってきたので、一緒に塗ってみませんか?」
先生の診断は当たった。先生もわたしも、ニス塗りをしてからタージ・マハルを見なくなったし杏仁豆腐も食べたくなくなった。
わたしはやっと、杏仁豆腐以外を食べたくなった。
ある予感を確かめるために、先生と二人でタージ・マハルに行くことにした。
先生がわたしを手招きして、タージ・マハルの裏陰に呼ぶ。彼が指差した先には建物にヒビがあり、そこから、杏仁豆腐の香りのする透明な液体が漏れ出し始めていた。
ひび割れの無音の叫びを救いたいホモサピエンスの埋めたい衝動