寺尾紗穂『彗星の孤独』より「風はびゅうびゅう」
長女は逆子だった。骨盤の広い人の場合、胎内のスペースが広いので逆子になることも珍しくない。逆子になっても9割以上の場合、出産が近づけば自然と元に戻るとも言われている。しかし実家近くにあった助産院は、自然分娩にこだわるところだったので、なんとしても帝王切開を避けるために逆子は20週辺りで直す、という方針のところだった。その日は、ちょうど午後から『風はびゅうびゅう』(2008年)のレコーディングだったが、午前にその「逆子を回す」処置を受けなければならなかった。
最初は逆立ちだ。壁を使って逆立ちさせられそのまましばらくほうっておかれた。そんなことを繰り返しても一向に長女は回らない。そこで、手で回すということになった。ひとりの助産婦さんがやってきて、おなかの上から足や頭を確かめてぐっと回す。そういうことをしていると、おなかが張ってきてしまって苦しい。しかし回らない。内心、もう最悪帝王切開になってもいいから、早くレコーディングに行かせてくれ、と思っていた。相変わらず助産婦さんは粘っている。それでも回らない長女。私はなんだかおかしくなってきて「あはは、どうして回らないんでしょうねー」と笑ってしまった。すると、その助産婦さんはきっとこちらを睨み、「おかあさんがそんなだから回らないんです!」と言われてしまったので、半年以上予約待ちの人気の助産院にしては、ずいぶんいやなところだなあと思った。私はそもそも、この助産院の食事指導が行き過ぎているように感じて、まったく共感できなかった。一週間分の献立をすべて記録して提出しなくてはならず「カタカナ食はやめてください」とのことだった。カタカナ食とはパスタ、ハンバーグなどのことである。最初は少しまじめに取り組んで書いていたが、もう最後のほうは嘘を書き連ねていて、嘘の献立を考え出すのにくたびれてしまった。何しろ、おにぎり(鮭)と書いても、「どうせフレークのでしょう」と言われるので、そんなの使ったことないよアホと心で毒づきつつ、「焼いた鮭です……」と返していた。いちいちやりとりが疲れるのだった。