会社を辞めない、という選択。
個人活動としてのYOYは、想像していた以上にうまくいっていました。
博報堂社内でも、YOYの活動がだんだん目立つようになっていって、「小野はYOYで賞も取ったし、そろそろ辞めるのではないか」と思われていたことは先にも書きましたが、「いつ、辞めるの?」と冗談交じりで言われることもよくありました。
実際、何かの賞をとって実績をつくった後に、会社を離れて独立したり、より待遇がいい会社に転職したりすることが広告業界では少なくなかったからです。
独立したほうがお金が稼げる。会社に縛られず好きなことができる。そういう思いもありました。
しかし僕は、会社を辞めないという選択をしました。
お金にはそれほど興味がなかったのと、自由に働くという点では、博報堂にいたままでも可能性があるのではないかと思ったからです。
当時の僕は、YOYの活動に手応えを感じはじめた一方で、YOYとは違うモノづくりをしてみたいと思っていました。内発的な動機から新しい表現を追い求めるYOYに対して、それとは異なるかたちで、もっと世の中に向き合って、新しい機能や体験を提案するプロダクトをつくりたいと考えるようになっていたのです。
もとより安易に辞める、という選択をしたくなかった理由がありました。
それは、ここでもまた、高校受験に落ちたときに励ましてくれた大叔母の言葉「ご縁やで。全部あんたのためなんや」でした。
当時はよく理解できていませんでしたが、この言葉は年を経るごとに自分にとって大切なものになっていきました。
仮にうまくいっても、うまくいかなくても、回り道しても、自分に起こったことをちゃんと受け止めて、これは自分のためなんだと考える。もっと言えば、それを、どう自分のためのものにするか、を考えることが重要だと思うようになっていました。
だから、「やめない」ということを大事にしよう、そう思ったのです。
そうすれば、そこから何かがつながっていく。そう考えるようになってから、意識的に、はじめたものをやめずに何かにつなげたい、と思うようになりました。
せっかくもらった偶然を、自分でつなげて活かすということです。
僕は広告会社に入ったのに、偶然にも、広告のど真ん中からキャリアをはじめませんでした。広告が過渡期にある、ということを教わりました。
でも、広告のクリエイティブには可能性がありそうだ、という気づきを得て、自分に何ができるのか、を考えるようになっていきました。
誰かはこうしていたとか、あの人はこんなふうにやったとか、そんなロールモデルのようなものは、僕にはありませんでした。
あの人のようになりたい、と思ったこともなかった気がします。
それよりも、自分がいいと思うものをつくりたかった。
自分がいいと信じられるものを全力でつくって、それを世の中の人が全力で喜んでくれる。そういう状況をつくりたかった。そのことにはっきりと気づいていくのです。
まだ世の中にないもので、新しい価値を提示するもの。そして誰かを感動させられるもの。それを自分というフィルターを通してつくること。
そのための手段として、自分が所属する会社を利用できないかと思うようになっていったのです。
だから、広告じゃないことを広告会社でやる、ということに行き着きやすかったのかもしれません。
自分に起きたこと、自分でやったことをポジティブに受け入れて、その延長線上を探していった結果、そこからmonomは生まれたのです。
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