会社の外で自分を試す。
カンヌから帰ってきた後、コピーライターになりたいという思いと同時に、僕のなかで、もうひとつ、湧き上がってきた思いがありました。
企業の課題解決としてデザインをするのではなく、もっと別の何かを生み出すクリエイティブを自分はやりたいのではないか。
表現としてのデザインを追求する。言ってみれば、自分のなかから出てくる、内発的な衝動をアウトプットしたい、という思いでした。
誰にも何も言われず、良いも悪いも、すべて自分の責任、という環境でモノをつくる。
つまり、自分の真価を問う試みです。制約がない状況でモノをつくり発表して、それが世の中にどう受け入れられるか、ということを試したかった。
それが、デザインスタジオ「YOY」の立ち上げと、ミラノサローネへの出展でした。入社5年目の2012年4月のことです。
YOYのパートナーである山本侑樹とは、同期のデザイナーに誘われて行った集まりで出会いました。僕は学生時代に少し遠回りをしていますので、年齢は上になりますが、会社の入社年次は同じでした。
好きな音楽の方向性が似ていたこともあって、ときどき一緒に音楽のライブに行ったりしていたのですが、たまたま何かのタイミングでデザインの話になりました。それが、とても楽しかったのです。
僕はまだコピーライターになる前で、博報堂では空間デザインの仕事をしていて、山本は当時、大手企業で家電製品のプロダクトデザイナーをしていました。ジャンルは違っていたのですが、どこかウマが合ったのです。
山本と話をしていて面白かったのは、空間デザインとプロダクトデザインは、同じ「デザイン」と名前がついていても、考え方やアプローチが似ているところと、まったく違うところがあったことです。
例えば、彼は、どう機械を内部に収めるか、という「外側」を見るのですが、僕はどう内部で過ごすか、という「内側」を見る。
また、スケール感の違いもあって、彼はドライヤーなどの手に持てるくらいものを考える。一方で僕は、都市のスケールから、建物のあり方をどうするか、というところを考える。
同じデザインという名のついたものに取り組んでいるのに、二人とも視点がまったく違うのが面白いと思いました。
それでいて、どうやったら美しく見えるか、どういう素材がいいか、といった部分で二人は、近い感覚を持っていました。
デザインに対する相違点と共通点がはっきりと見えて、話をしていてとても面白かったのです。一緒に何かをやれば、面白いものができるのではないか、ということは漠然と思っていました。
直接のきっかけになったのは、一緒にミラノサローネを見に行こう、という話になったことです。
ミラノサローネというのは、年に1度、イタリア・ミラノで行われる家具や照明、インテリアなどのデザインの見本市のことです。
毎年4月に6日間かけて行われるのですが、2000社近い企業が出展し、1000以上のイベントが同時に開催され、新作家具や新作照明が発表されます。企業のインスタレーションなどもあり、街をあげたデザインのお祭りとして行われています。世界中から40万人以上のデザイン好きの老若男女が集まる、デザインイベントとしては、世界最大規模の祭典といっていいと思います。
最初は、ただ刺激を受けに見に行こう、くらいに思っていたのですが、行きの飛行機で話をしているうちに、「どうせだったら来年なんか出してみる?」「じゃあ出そうか!」ということになったのでした。
というのも、ミラノサローネには、メイン会場の一角に若手が出展できる「サローネサテリテ」と呼ばれる場所が用意されていました。
もちろん出展料はかかりますが、そこだったら僕たちにも出展できるかもしれない、と考えたのです。
「YOY」という名前も、飛行機のなかで決めました。二人の名前のイニシャルからつけた名前で、「良い」の意味を込めています。
「二人でやるなら、空間とプロダクトだから、その間っていうテーマはどう?」「いいね」などと盛り上がっているうちに、最初の作品のアイデアも、このときの飛行機のなかで生まれました。
ミラノに着いて、実際に会場に行ってみると、プロから学生まで、いろんな人が出展していました。それこそ、モーターショーと学園祭がくっついて、規模を何倍にも大きくしたような感じ。まさにお祭りです。
そしてもうひとつ、実際に行ってみてわかったのは、ミラノサローネは、思ったほど敷居の高い場所ではない、ということです。
これなら、本当に僕たちにも出せるかもしれない。
こうして翌年、僕たちがつくった作品が、大きな反響を得ることになります。
YOYロゴ
山本侑樹、小野直紀のそれぞれのイニシャル「Y・Y・O・N」から「N」を抜いて「YOY」と名付けた。「良い」の意味を込めている。