アンドレアス・グルスキー展—「世界の成り立ち」を秘めた写真たち

世に“アート・コンシェルジュ”を名乗る人物がいることを、ご存じでしょうか。アートのことはよく知らないけれどアートをもっと楽しんでみたい、という人のために、わかりやすい解説でアートの世界へ誘ってくれる、アート鑑賞のプロフェッショナルです。そう、星海社新書の『上野に行って2時間で学び直す西洋絵画史』で西洋絵画史の楽しみ方のコツを教えてくれたのがアート・コンシェルジュ。cakesでは、アート初心者の依頼人へ送る手紙というかたちで、最新の展覧会情報をお知らせしてくれます。 今回の手紙で綴られるのは国立新美術館で開催中の「アンドレアス・グルスキー展」(7/3〜9/16)の楽しみ方。独特の視覚世界を構築するグルスキーの写真展、ぜひとも足を運んでみてください!

これが最初のお便りとなりますね。

これから毎週、これはお見逃しなく! という展覧会を、開幕したばかりのタイミングでご紹介いたします。足を運ぶ際の目安となれば幸いです。

今回はこちら、東京・国立新美術館の「アンドレアス・グルスキー展」です。

この名前を聞き及んだこと……、あまりないかもしれませんね。1980年代に作品を発表しはじめて以来、現代アートの分野ではずっとトップランナーのひとりですが、一般的にはさほど知られていません。たとえばゴッホやレオナルド・ダ・ヴィンチのように、ファンならずとも誰でも知っているスターがいないのは、現代アートの弱みでしょう。

現代アートではじつにさまざまな手法や素材が用いられますが、グルスキーが使うのは比較的オーソドックスなもの。そう、写真です。ドイツ・デュッセルドルフのアカデミーで学び、ベッヒャー夫妻というこちらも写真史に名を残すアーティスト・教育者の薫陶を受けたこともあって、一貫して写真をベースに制作を続けています。

今展会場の国立新美術館は巨大な施設で、展示スペースの大きさは国内最大級。そんなところで写真の展示なんて、壁を埋めるだけでもたいへんでは? わたくしはそう思ってしまいましたが、心配はいりません。室内に足を踏み入れればすぐ気づきますが、グルスキー作品はとにかく巨大。わたくしたちがふだん目にする写真というものの概念を覆すほどのサイズで、ひたすら圧倒されてしまいますよ。

作品から離れた位置に立っても、何が写っているかはっきりわかるし、画面構成がよく練られているので形や色の妙を堪能できます。徐々に近づいていくと、こんどは細部の魅力が際立ちます。ああ、こんなところに人がいる。陳列されている靴、かわいいな。精緻な画面は、一つひとつの対象物をくっきり浮かび上がらせます。ここにはいったい、どれほどの情報量が詰まっていることか。ちょっとクラクラしてくるほどです。

外界のごく限られた光景を切り取った作品内に、めまいがするほどの情報量がある。となると、世界全体には信じられないほど莫大な情報量が含まれるのですね。世界の広がりと深みに改めて思いを馳せたくなります。

比較的サイズが小ぶりな写真となりますが、こちら《ライン河Ⅱ》には目を留めておきたいところです。じつはこれ、「世界でいちばん高い写真」の称号を持つ作品。2011年に、クリスティーズニューヨークのオークションにおいて、430万ドル超で落札されたのです。いまのところ、オークションにおける写真作品の最高金額です。

タイトルの通り、ここではライン河が撮影されています。ただ、ぱっと見にはライン河かどうか判別できる材料がありません。画面にあるのはたっぷりの水流と河岸の緑だけです。いかにも欧州の内陸部にありそうな建物なんかが写り込んでいれば別なのですが。

ほんとうはこの写真には、建物が写り込んでいたそうです。それをコンピュータ上の処理で消去してあります。撮影した写真をデータ化し、さまざまな加工を施して画面をつくり上げるのがグルスキーのいつもの手法。建物を消したり、モノや人を付け加えたり、何枚もの写真を重ね合わせたりと、自在にイメージを構築します。

《ライン河Ⅱ》では、場所を特定できるような個別具体的なものが注意深く取り除かれています。画面を抽象的にして、ヨコ方向へ流れる線と色の美しさのみを強調しています。どうやらグルスキーがやろうとしているのは、現実をありのままに再現することではない。そうではなくて、ある光景のなかから、その場の構造や成り立ちを取り出して見せようというのです。その結果、画面からは「世界の成り立ち」のようなものが垣間見える。そこがグルスキー作品のおもしろさだと、わたくしは思っています。

《パリ、モンパルナス》と題された作品、こちらは壁の一面を埋める大きさです。集合住宅の巨大な建築物の整然としたタテヨコ線に、思わず見入ってしまいます。窓から覗く各戸の詳細まではっきり見えるのは、複数の写真を合成しているからです。左右の異なるポイントから撮影して、それを一枚にまとめている。それで、あらゆる窓が真正面から眺められます。自然に見えてじつはまったく不自然な、肉眼では決して得られない光景が画面いっぱいに広がります。日常で味わえない視覚体験がここに出現しているのです。

被写体との距離をじゅうぶんにとって、全体を俯瞰するアングルが多いので、一見どの写真もクールな印象が漂いますね。が、実際に作品の前に立つと、どこか温かみも感じるのは不思議です。なぜかと想像するに、作者たるグルスキーのまなざしが、天使のそれと似ているからではないでしょうか。
グルスキーはいつも、高みから外界全体に等しく視線を注いでいます。遠い距離感ではあるけれど、そこに写るすべてを理解したい。そう努める気持ちが、作品を見る側にもじんわりと伝わってくるような感覚があるのでした。彼の生真面目で、かつ世界への愛情あふれるまなざしを、ぜひ会場で体感していただきたいところです。


アンドレアス・グルスキー展
2013年7月3日(水)~9月16日(月)
国立新美術館 企画展示室1E(東京都港区六本木7-22-2)
http://gursky.jp


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山内 宏泰
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コメント

ao2210blue apartmentを題しているものはもともと集合住宅が好きなのですが、 約3年前 replyretweetfavorite

casezuki どこより早い展覧会案内ーー 3年以上前 replyretweetfavorite

fujiharakiko ほほう。圧倒されそうですね。 http://t.co/Jg60nKr0Qa 約5年前 replyretweetfavorite

okamuegoego 国内最大級の展示スペースに「パリ、モンパルナス」も。 http://t.co/0L9eq97Txo 約5年前 replyretweetfavorite