島を出るのは初めてだな」海に挑む時ー3

「俺はまだ終わっちゃいねえ!」 江戸時代初期、江戸の町に食糧危機が迫っていた。必要なのは物流革命の切り札「千石船」━━。 息子も居場所も仕事の誇りもすべてを失い、老いにどん底まで追い詰められた男が逆襲する! 『男たちの船出』は、イノベーションの生みだす様々なジレンマを、船大工たちの視点で描いた長編時代小説です。 (火・木 10時更新)

 桟橋に着けられた便船では、荷の積み降ろしが行われていた。降ろされた荷の中には船の材や備品もあるらしく、旅姿の磯平が熊一らに検品の方法を教えている。磯平は船が出る瞬間まで、熊一らに自らの知識を伝授したいのだ。

 それを横目で見ながら、弥八郎は梅に言った。

「そいじゃな」

「兄さん、気をつけてね」

 梅が風呂敷包みを押し付けてきた。

「これは何だ」

「下帯よ。使い回していると、すぐに擦り切れるから」

「ああ、その通りだ。そういえば、お前が包んでくれた厚司は重宝しているぜ」

「よかった。体にはくれぐれも気をつけてね」

「ああ、分かってる」

 周囲を見回したが、嘉右衛門の姿は見えない。あれからもう一度、会いに行こうとしたが、嘉右衛門は弥八郎を避けるようにしていたので、その機会を失ってしまったのだ。

 —次に戻ってくる時に詫びを入れればよい。

 今は時間がないので、嘉右衛門とじっくり向き合うことはできない。だが次に戻ってきた時には、一緒に酒でも飲みながら少しずつ心を開いていこうと思った。

 梅が涙交じりに言う。

「おとっつぁんも馬鹿だよ。息子の晴れの門出なんだから、見送りに来てもいいのにね」

「梅、男ってのは、たとえ息子であっても張り合う相手なんだ。今となっては、意地っ張りなおとっつぁんが頼もしく思えるぜ」

 その時、梅の背後でしゃくり上げているひよりの姿が目に入った。

「兄さん、行ってやんなよ」

「ああ、そうだな」

 梅が離れていった。

「どうした」

「やはり、連れていってはくれないんですね」

 弥八郎が首を左右に振る。

「でも、いつか戻ってきてくれますね」

「そいつは何とも言えねえな」

 —おとっつぁんは、熊一に梅を娶らせて跡を継がせるつもりだ。

 嘉右衛門がそう考えているらしいことを磯平から聞いた弥八郎は、自分が故郷の邪魔者になったことを覚った。

 —もしかすると、これが見納めかもしれねえな。

 弥八郎は周囲の景色を見回し、しっかりと記憶にとどめておこうと思った。

「もう会えないかもしれませんね」

「そんなことはねえ。いつかまた会えるさ」

「本当ですか」

「ああ、噓は言わねえ」

 そうは言ったものの、この世に定かなことなど何もない。

「それじゃ、わたしはここで待っています」

「ああ、それがいい」

 ひよりが、白布に包まれた小さなものを差し出した。

「これは—」

「福知山のいつきゆう神社の守り袋です。わたしが身に着けていたものですけど、わたしの身代わりだと思って持っていて下さい」

「だって、お前さんにとって大事なものだろう」

「はい。女衒に売り払われる前の日、母が神社で買ってくれました。何かを買ってくれるなんてことは、全くなかったので、その時は本当にうれしかった。帰りには紅色の着物も買ってくれました。その時は何も知らされなかったんで、ただただうれしかっただけですが、翌日、わたしはその着物を着せられ、この守り袋を握り締めて家を後にしました」

 ひよりが嗚咽を漏らす。

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男たちの船出

伊東潤

「俺はまだ終わっちゃいねえ!」 江戸時代初期、江戸の町に食糧危機が迫っていた。必要なのは物流革命の切り札「船」 息子も居場所も仕事の誇りもすべてを失い、老いにどん底まで追い詰められた男が逆襲する! 『男たちの船出』は、イノベーシ...もっと読む

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0mo_om0 火木は『男たちの船出』!もうここは、本当に嘉右衛門・・おとっつぁん・・・来て・・!って感じなのです。。#伊東潤 #男たちの船出 11ヶ月前 replyretweetfavorite