佐渡海峡を押し渡るのは至難の業」若獅子の船 ー7

「俺はまだ終わっちゃいねえ!」 江戸時代初期、江戸の町に食糧危機が迫っていた。必要なのは物流革命の切り札「千石船」━━。 息子も居場所も仕事の誇りもすべてを失い、老いにどん底まで追い詰められた男が逆襲する! 『男たちの船出』は、イノベーションの生みだす様々なジレンマを、船大工たちの視点で描いた長編時代小説です。 (火・木 10時更新)

 清九郎の手回りとなった弥八郎だったが、清九郎に代わって何かを指示できる立場になったわけではない。大工たちは弥八郎を単なる雑用としか見ておらず、「あれを持ってこい」とか「ここを押さえていろ」といったことを言いつけてくる。

 だが弥八郎は文句ひとつ言わず、そうした要求にも素直に従った。その結果、徐々に皆から頼られるようになっていった。

 すると弥八郎にも、「皆の役に立っている」という喜びがわいてきた。

 清九郎も弥八郎を次第に認め、難しい仕事を手伝わせるように仕向けてくれた。

 夏が終わると、佐渡島に帆作りや錨を鋳造する職人たちもやってきて、七百五十石積みの試し船は完成に近づいていった。

 延宝四年(一六七六)の一月、いよいよ七百五十石積み船の試し走りの日が来た。

 船卸の儀が行われ、新造船はを離れていった。弥八郎の立場では船に乗せてもらえないので、清九郎や孫四郎らと共に陸岸から遠望することになった。

「風はどうだ」

 清九郎が問うと、弥八郎が如才なく答える。

「荒吹くことはなさそうです」

「お前さんに、なぜそれが分かる」

「孫四郎から、佐渡島の風雨考法を聞いているからです」

「そうか。では何を根拠にした」

「この季節、風が荒吹く時は、沖合に細長い筋雲が幾筋もたなびきます」

 清九郎は何も答えない。こうした時は、「それでよい」という意味だ。

 最初の印象とは違って、清九郎は意外に柔軟で他人の意見に耳を傾ける人物だった。弥八郎の意見にも、表向きは相手にしていないようでいて実際は聞いている。

 —おとっつぁんにも、そんなところがあったな。

 弥八郎にとって嘉右衛門はそそり立つ高峰だった。少年の頃まで、弥八郎は父を畏怖し尊敬した。だが成長するにしたがい、始終一緒にいる息苦しさに耐えられなくなってきた。それゆえ弥八郎は反発することで、その息苦しさに対抗しようとした。

 —あの時はそれ以外、できなかった。だけど今考えれば、反発などせずに素直に話をしていればよかったんだ。

 嘉右衛門は、若い大工の話を熱心に聞いていることがあった。弥八郎もそれにならえばよかったのだが、反抗的な姿勢を変えることはできなかった。それを思えば、こうしていったん距離を置いてよかったのかもしれない。

 —おとっつぁん、待ってろよ。次に会う時は、酒でも飲みながら市蔵さんの思い出話をしようや。

 弥八郎は塩飽に帰ることがあれば、今度こそ嘉右衛門とうまくやっていけると思った。

「何か心配事でもあるのか」

 突然、清九郎が問うてきた。故郷の父のことを思い出していたとも言えないので、弥八郎は仕事の話にすり替えた。

「今日の風なら従来の帆でも破れませんが、もう少し荒吹くと、木綿帆でないと耐えられないと思います」

「そうだな。で、船の方はどうだ」

「まだ、はっきりしたことは分かりませんが—」

「奥歯に物の挟まったような言い方をしやがって。言いたいことがあったら言っていいんだぞ」

 近くには孫四郎しかいないので、弥八郎は思いきって感想を述べることにした。

「やはり垣立(舷側の囲い)が低い気がします。あれでは大波が打ち寄せて水をかぶれば、すぐに中が水浸しになります」

 順風以外の強風、つまり強い横風や逆風では、横波が舷側を越えて船内に打ち掛かるので、水密甲板ではない和船の船底には、水が溜まってくる。だが甲板を設けると、積載量が約三分の二に減る上、荷の出し入れも大変なので、満載した荷によって水を防ぐという極めて原始的な方法が取られていた。

「だが、垣立を高くすれば船が安定しなくなる。それだけじゃない。高い垣立の上部に強い衝撃を受ければ、船が覆ることもあり得る」

 垣立を高くする以外にも、取り外し式のたてじやく(波よけ板)を付けるという方法もあるが、いずれにせよ横から受けるうねりの力を大きくしてしまうことに変わりはない。

「仰せの通り、二つのことは矛盾します。だとしたら、別の方法で、その矛盾を解消せねばなりません」

「別の方法だと」

「はい。実は—」

 その時、「船が戻ってくるぞ!」という声が聞こえた。

 —よかった。まだ、わいの腹案を伝えるには早かった。

 つい腹案を語ってしまいそうになった弥八郎だが、すんでのところで口をつぐんだ。

「続きは後で話します」

 そうは言ったものの、清九郎の関心は、すでに船の方に向いていた。

「行くぞ」

 清九郎が桟橋に向かって走り出したので、弥八郎もそれに続いた。

 試し乗りをしてきた者たちは、一様に海水をかぶっていた。彼らによると、湾内では何の問題もなかったが、外海に出ると、高いうねりと強い潮によって舵が横滑りし掛けたという。それでも何とか体勢を保つことはできたが、これ以上の荒天になると、どうなるかは分からないとのことだった。

 太平洋岸でも、黒潮の影響下にある海域での操船は難しい。だが元々、弁戝船は黒潮の内側の沿岸部を航行するために造られた船で、黒潮に入ることを想定していない。つまり黒潮に乗り入れることは、遭難を意味していた。

 —だが、ここの海は違う。外海に出れば、すぐに早い潮流に流されるんだ。

 佐渡島は北上する対馬暖流が直撃する位置にあり、付随する大小の島々や岩礁、さらに海底にあるかいざんが潮流をさらに複雑に分化させ、方向の定まらない無数の潮流を生み出していた。

 それだけならまだしも、分化された潮流が海面下でぶつかり合うという凄まじい様相を呈しており、その力が強い時、「地獄の窯」が出現する。

 試し乗りしてきた船大工たちの話を聞く清九郎の顔は、次第に曇っていった。

「そうか。潮が強すぎて、舵を大きくしないと船が安定しないのか。だが舵を大きくすればするだけ、うねりを受ける面が広がり、羽板が破損する見込みが大きくなる」

 年かさの船大工が答える。

「そういうことになります。少し外海に出ただけで、これだけ四苦八苦させられると、佐渡海峡を押し渡るのは至難の業では」

 その夜は、試し船に乗っていた船造りたちとの話し合いとなった。彼らが口をそろえて言うのは、千石船では到底、佐渡の荒波に耐えられないということだった。

 弥八郎は清九郎の背後に控え、皆の話に口を差し挟まないようにしていた。だが突然、「弥八郎」と呼ぶ声がした。

「へい」と答えて前に出ると、清九郎が問うてきた。

「ここまで聞いて、どう思う」

 —遂にその時が来たか。

 そう思った弥八郎だったが、ここで得意がって腹案を述べれば、この船を造ってきた大工たちの顔をつぶしてしまうことにもなりかねない。

 —まだ時は来ていない。

 出掛かった腹案を引っ込めると、弥八郎は慎重に言った。

「わいにも思案はあります。ただ海が荒れた時に船を出してからでないと、何とも言えません」

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伊東潤
光文社
2018-10-17

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