おとっつぁんは凄かったんですね」若獅子の船 ー6

「俺はまだ終わっちゃいねえ!」 江戸時代初期、江戸の町に食糧危機が迫っていた。必要なのは物流革命の切り札「千石船」━━。 息子も居場所も仕事の誇りもすべてを失い、老いにどん底まで追い詰められた男が逆襲する! 『男たちの船出』は、イノベーションの生みだす様々なジレンマを、船大工たちの視点で描いた長編時代小説です。 (火・木 10時更新)

 —わいは何のためにここにいるんだ。

 作事場の一隅に仕切られた書棚の前で、嘉右衛門はなすところなく佇んでいた。

 そこには、先代の儀助の頃から描かれた差図の巻物や木割が積まれている。だが嘉右衛門の作事場では、すでに定型的な船造りしかしていないため、それらを参照しに来る者は少ない。それゆえそこは、いつしか嘉右衛門の休憩所となっていた。

 梅雨の長雨のせいか、ここのところ腰や膝がやけに痛む。長年にわたって腰を曲げたり、しゃがんだりして仕事をしてきたつけが回ってきているのだ。

 —わいは、このまま朽ち果てることになるのか。

 そんなことを思いながら、ぼんやりと古い木割を眺めていると、磯平が顔を出した。

「頭、そろそろ手仕舞いとします」

「ああ、そうしろ」

「頭は帰らないのですか」

「もう帰る」

「暗くならないうちに帰って下さい」

 老人に対するような磯平の物言いに、なぜか腹が立つ。

「分かった」

 以前なら「余計なお世話だ」くらいは言っていたところだが、最近は磯平に対して遠慮する気持ちが芽生えており、そこまでは言えない。

 磯平が出ていくのを見届けた嘉右衛門は、見るでもなく見ていた木割を棚に戻すと、作事場の中を通って出入口に向かった。その時、造りかけの船の陰で、人の気配がするのに気づいた。

 —まだ誰か残っているのか。

 声を掛けようと思ってそちらに回ると、しよくを持って、何かを見つめる一人の男がいた。その背は、嫌というほど見慣れたものだった。

 —市蔵、どうしてここに!

 背後に人の気配を感じたのか、そのずんぐりとしたたいの男が振り返った。

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男たちの船出

伊東潤
光文社
2018-10-17

コルク

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男たちの船出

伊東潤

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