もっとでかい船が必要とされる時代が来る」若獅子の船 ー2

「俺はまだ終わっちゃいねえ!」 江戸時代初期、江戸の町に食糧危機が迫っていた。必要なのは物流革命の切り札「千石船」━━。 息子も居場所も仕事の誇りもすべてを失い、老いにどん底まで追い詰められた男が逆襲する! 『男たちの船出』は、イノベーションの生みだす様々なジレンマを、船大工たちの視点で描いた長編時代小説です。 (火・木 10時更新)

 翌朝、作事場に顔を出す前に丸尾屋に向かった嘉右衛門は、番頭から五左衛門の病が深刻だと聞かされた。

 どうやらあの後、苦しみ出して意識を失ったらしい。今は牛島唯一の医家が付きっきりで看病しているので、小康を得ているという。

 それを聞いた嘉右衛門が「棟梁に挨拶だけでもさせて下さい」と言うと、番頭が意向を確かめに行った。しばらく待っていると、番頭が「主人が来いと言っています」と伝えてきた。

 嘉右衛門が奥の間に入ると、五左衛門は床にせっていた。

「嘉右衛門か」

 その声も弱々しい。

「へ、へい」

「皆、下がってくれ」

 五左衛門を囲んでいた医家や女中たちが、ぞろぞろと下がっていく。

 広い奥の間は、五左衛門と嘉右衛門だけになった。

「棟梁—」

「心配するな。すぐに癒える」

 だが五左衛門の顔に生気はない。

「いったいどうしたんで」

「どうやら胃の腑の病らしい。大坂の医家がそう言っていた」

「これまでは分からなかったんですか」

「ああ、牛島の藪は、今まで『棟梁の体は何の心配もありません』なんて言ってやがったが、わいが大坂の医家の診断を教えてやると、『実は、わたしもそうではないかと疑っていました』だと」

 二人は笑い合った。

「でも、たいしたことはなくて何よりでした」

「いや、どうやらたいしたことがありそうだ。このままびようしたままになるかもしれない」

「ま、まさか」

「そりゃ、立って歩けないこともないさ。だが仕事は、とても無理だとさ」

「では、いよいよ—」

 嘉右衛門が語尾を濁したが、五左衛門はごとのように言った。

「ああ、無念だが隠居せざるを得まい。これからは重正が店を仕切ることになる」

 五左衛門重次の跡取りには、養子の重正が五左衛門重正と名乗って就くことになっている。

「これまでと変わらず、われらは重正様のに従います」

「そうしてくれ。奴は至らないかもしれないが、頭は悪くない。何とか丸尾屋を回していけるはずだ。だが生まれが生まれだけに甘やかされて育ったのか、少し手前勝手で強引なところがある。面白くないこともあるかもしれないが、堪忍してやってくれ」

「もちろんです」

 五左衛門が唇を嚙む。

「お前には悪いが、唯一残念なのは、弥八郎に千石船を造らせてやれなかったことだ」

「棟梁、それは—」

 突然、五左衛門の腕が伸びると、嘉右衛門の襟首を摑んだ。

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男たちの船出

伊東潤
光文社
2018-10-17

コルク

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伊東潤

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