アメリカの希望のためにオバマを応援しようと思った—マーシャル・ガンツインタビュー 前編

2008年のアメリカ大統領選挙の選挙参謀として、バラク・オバマを勝利に導いた男・マーシャル・ガンツさん。資金力も大きな支持基盤もなかったオバマ氏を、いかにしてアメリカ初の黒人大統領にすることができたのか。そこにはガンツさんが生み出したある手法がありました。オバマを大統領にした男・マーシャル・ガンツさんのインタビューを前後編でお送りします。cakesリニューアルを記念し、前編は無料公開です!

泡沫候補を大統領にした伝説のスピーチ

加藤貞顕(以下、加藤) 本日はよろしくお願いします。お会いできて光栄です。

マーシャル・ガンツ(以下、ガンツ) はじめまして、加藤さん。さっき、三四郎池に行ってきました。あそこはすばらしいですね。安田講堂は時間がなくて後ろからしか見られませんでしたけど(笑)。

※本対談は東京大学本郷キャンパスで開催された講演『オバマを大統領にした男:マーシャル・ガンツによる「市民の力で社会を変える」』の前に収録された。

加藤 まずは自己紹介からさせてください。僕は以前、出版社で編集者をしていました。ガンツさんとすごく縁があると思ったのは、僕はこの『マイ・ドリーム バラク・オバマ自伝』(ダイヤモンド社)という本の編集担当なんです。

ガンツ ああ、それはすばらしいですね。

加藤 2004年のバラク・オバマさんの民主党の党大会での演説をYouTubeで聞き、とても感銘を受けて翻訳権を取得したんですよ。

ガンツ それで、あなたはあの演説のどの部分に感動したんでしょうか?

加藤 今日のテーマに関係していると思いますが、オバマさんは世界が直面しているあらゆる問題—人種、宗教、家族、コミュニティ、貧困など—に関して、自身のストーリーを持っていて、それをすごく上手く説明するテクニックを持っていると感じました。だから感動したのだと思います。ただ、その頃はゴアやヒラリーが有力な候補だったので、この本の版権を取得するのはけっこうな冒険だったんですよ。

ガンツ それはたしかにそうでしょうね(笑)。みんな忘れているけど、かれは最初、泡沫候補だったから。

加藤 そうなんです。ただ、演説を見てこれはもしかして、行けるんじゃないかと思ったんです。問題なのは、その版権はけっこう高価だったんですよ。だから僕は、日本で一番彼の選挙戦をエキサイトして見ていた人間のひとりだと思います。完全に当事者でしたから(笑)。

ガンツ ははは(笑)。

加藤 このときのオバマさんのスピーチと、ガンツさんが社会問題を解決するために確立した「パブリック・ナラティブ」という手法にはたくさんの共通点がありますよね。

ガンツ ええ、そうですね。

加藤 日本の読者はまだよく知らないと思いますので、基礎的なことをうかがいたいと思います。まず、パブリック・ナラティブとは何なのでしょうか? また、それをオバマ大統領はどう活用したかを教えていただけますか?

「パブリック・ナラティブ」とは何か?

ガンツ ナラティブとは「物語/叙述」という意味です。文化も国家も家族も、ストーリーを介していろいろなことを人々に伝えていきます。パブリック(社会の、公共の)・ナラティブとは、それらのものと人々を結び付けるものです。
 リーダーになろうとしている人は、ストーリーの力を借りてコミュニティに対していろいろなことを発信していかなくてはなりません。語りかける先のコミュニティが、語る側の価値観を共有している人たちであれば、ナラティブ自体が彼らの希望のもとになります。それが元になり、人々は実際にアクションを起こすことになるのです。

加藤 共感が、行動を呼ぶというわけですね。

ガンツ 先ほどおっしゃったオバマの演説の最初の7分間を聞いていただければわかると思いますが、その7分間でオバマ自身のストーリー、聞いている我々側のストーリー、そして人々を取り巻く現在の状況が語られています。「自分のこと」「私たちのこと」「今のこと」の3つを語ることがパブリック・ナラティブの基本的な手法です。

加藤 この演説の作成にはガンツさんも関わっているんですか?

ガンツ いいえ、私はこのスピーチには関係していません。私もあなたと同じように、このオバマ氏のスピーチに感激した一人ですよ(笑)。
 なぜ感激したかというと、ひとつ目の理由は、私が若い頃、公民権運動*1に身を捧げていたからです。あの頃はアフリカ系アメリカ人が大統領になるなんて考えられませんでした。しかし、オバマ氏が党大会に出てきたとき、もしかしたら……と思ったんです。これはアメリカにとって非常に重要なことだ、と。オバマが大統領になるということは、本当の意味で奴隷制度からアメリカを解放することになるわけですからね。
 ふたつ目の理由は、オバマ氏が述べられた価値観が、現代のアメリカ人がとっくに失ってしまったものを表していたから。平等(equality)、包摂(inclusion)、共通性(communality)。いずれも、競争と個人主義と排除主義に染まって、いつかどこかに忘れてきてしまった価値観です。

*1 1950年代から1960年代にかけてアメリカアフリカ系アメリカ人が、公民権の適用と人種差別の解消を求めて行った大衆運動。

加藤 ではガンツさんは、オバマさんにかつての自分を見たんですね。

ガンツ そういうことだと思います。2007年にオバマ氏が立候補を宣言したとき、絶対に彼を応援しよう、それ以外にないと思いましたから。2003年から04年にかけて、私はハワード・ディーン(民主党全国委員会委員長)のキャンペーンをしていた若い人たちに対して訓練を行っていました。彼らも全員、「次はオバマ氏を応援しよう!」という気運になっていましたね。私と彼らは世代こそ違いますが、アメリカに対して同じように希望を持ち、オバマ氏が大統領になればそれが実現できるはずだと考えていました。

オバマが持っていた「パブリック・ナラティブ」的思考

加藤 この本の中で、オバマさんがコミュニティ・オーガナイザー*2になろうと決意して、いろいろなことを学んでいく過程が描かれているのですが、それもとてもパブリック・ナラティブの考え方に似ていますよね。そのときもまだ、ガンツさんとは知り合っていなかったのですか?

*2 「コミュニティ・オーガナイズ」は移民や貧困層など、社会的に弱い立場にいる地域の住民を組織化し、その主張を顕在化させること。「コミュニティ・オーガナイザー」はそれをまとめるリーダー。

ガンツ そうなんです。2004年以前には全く会ったことがなかったんですよ(笑)。たぶん似たようなことからお互いに学び合っていたんじゃないんでしょうか。時期は違いますが、同じ学校(ハーバード大学)に通っていましたし、同じ人と一緒に仕事をしたこともあります。同じ問題に対して、何か解決策はないかと考えていたという共通点もありますしね。
 実際、私たちはコミュニティ・オーガナイズを行ってオバマ陣営のボランティアを組織し、いろいろな研修を行いました。そこで、最初に教えたのがパブリック・ナラティブでした。オバマの2004年のスピーチはとてもいい教材になりました。ただし、ボランティアたちに、オバマ氏のナラティブをそのまま教えても意味がありません。彼らは自らのナラティブを語れるようにならなければいけないわけです。そうでなければ、人に共感してもらえません。

加藤 『マイ・ドリーム』を読んでいて僕がすごく面白いと思ったのは、ひとつひとつの現場に出てくるのは「困った人を助ける」という非常にミクロなストーリーなのに、それを積み重ねることによって大統領選挙での勝利にまでつながってしまうところでした。これは本当にすごい話だと思います。
ガンツさんがパブリック・ナラティブの理論を確立する時も、誰もがどんな場所でも実践できるような仕組みを考えたのでしょうか?

ガンツ 私は5つの主要な分野に絞って、スキルトレーニングを行うフレームワークを作りました。 これまで話してきた“ナラティブ(narrative)”に、“戦略(strategy)”、“アクション(action)”、“関係(relationship)”、“構造(structure)”を加えたものです。もちろん、もっとも重要なものはナラティブです。これが基本中の基本、すべての価値観の土台を構成することになります。オバマ陣営のボランティアの人たちに対しても、この5つの原則についてしっかり訓練し、リーダーシップがとれるようにしました。しかしリーダーは一人では不十分。だから、大勢の若者たちがリーダーシップを向上させるための「キャンプオバマ」を作り上げたのです。

加藤 なるほど。たくさんの中間的なリーダーをつくって、運動を広げていく仕組みをつくったんですね。そして、それをつなぐのは、それぞれの個人のストーリー。社会って、そうやって変えることができるんですね。

ガンツ そうです。効果的な行動をとるには“手”が必要です。いい戦略は“頭”で考える。“心”には勇気をもたなければならない。この組み合わせが大切です。つまり、強い心を持ち、頭の中には高いスキルを持ち、さらに効果的に手が動くようにしておく必要があります。この3点セットが上手くいくと、いい効果が生まれるんです。

現代の選挙戦を戦うために

加藤 アメリカ大統領選挙というととても熾烈な選挙戦というイメージがあります。あのとき勝てたのは、その戦略が大きかったということでしょうか?

ガンツ これまでのアメリカの大統領選挙は広告合戦に変貌していました。つまり、資金をできるだけ調達し、コンサル会社にそれを投げ、テレビのスポットを買って広告を打つ、あるいはダイレクトメールを送る。人間不在の形で選挙戦が進むようになっていたわけです。こうしたやり方は、体制派をバックにしている候補者なら問題ありませんが、バックを持たない新進の候補者は不利なんです。予備選の最中は体制派をバックにつけたヒラリー・クリントン氏が盤石の強さで、オバマ氏は泡沫候補でした。これではいけない、オバマ氏を応援するにはボトムアップ、つまり現場からの声が必要だと判断しました。我々はお金もなければ広告も打てない。別の場所に土台を見つけなければうまくいかないと思ったんです。

加藤 今のオバマさんを見ていると、そんな状況だったことをみんな忘れていますが、たしかにかつてはそうでした。草の根運動をするしかない立場だったんですよね。

ガンツ そこで私なりにどうすれば貢献できるかを考えて作戦を練りました。私は、公民権運動もやったし、農民たちの生活改善についても応援してきました。私にはコミュニティ・オーガナイズの経験があったんです。それを選挙戦でも力として打ち出したいと考えました。ただ、単に打ち出すだけでもダメなので、構造(structure)を作り、訓練をして、組織としてやっていこうと思ったわけです。

加藤 組織化してパブリック・ナラティブを浸透させることで、体制派に対抗しようとしたんですね。

ガンツ これは私にとっても大きなことでした。長年、オーガナイジングをやってきて、私が培ってきたものを新しい若い世代と共有することができたわけですから。大統領候補にオバマ氏が現れたということで、若い世代の人たちもあらためて政治に関心を持ちはじめました。私が提示するものと、彼らが望んでいるものがぴったり一致したんです。彼らは政治を変えたかった。気候変動などの環境問題についても、移民問題についても、若い人たちが重要だと思う問題について、変革しうる力を持つことができるようになったのが、とてもよかったと思っています。

構成:大山くまお

(後編は7月16日更新の予定)

ケイクス

この連載について

オバマを大統領にした「パブリック・ナラティブ」

マーシャル・ガンツ /cakes編集部

2008年のアメリカ大統領選挙の選挙参謀として、バラク・オバマを勝利に導いた男・マーシャル・ガンツさん。資金力も大きな支持基盤もなかったオバマ氏を、いかしにてアメリカ初の黒人大統領にすることができたのか。そこにはガンツさんが生み出した...もっと読む

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コメント

seshiapple マーシャル・ガンツのプロフィールをググってたらこのインタビューに辿り着いた。いまこのひとに話聞いたらなにを語るだろうか……。 約1年前 replyretweetfavorite

Atamemoto https://t.co/SWv0i3uda9 2年弱前 replyretweetfavorite

shugoik [参院選を前にご一読をおすすめ] 2年弱前 replyretweetfavorite

iremono_110 地域を作っていく上での考え方。組織論コミニティーオーガナイズhttps://t.co/EBVU6yhenN 2年以上前 replyretweetfavorite