10 何者
私はスーパーのレジ打ちに精を出しつつ、夜はおさがりのワープロを借り、見よう見まねで音楽の原稿を書くことに取り組んだ。
三十路を目前にして「このままではいけない」と、文章講座のカルチャーセンターに通ったことがあった。しかしまったくのお金と時間の無駄で、途中で行くのをやめてしまった。何が嫌だったかって、受講生の顔ぶれほど私をどんよりとさせたものはない。
専門学校は出たけど就職したくない、あるいはすぐに辞めてしまったような若い男ならまだ救いがある。問題は三十、四十を過ぎた輩だ。これまでどんな職業に就いてきたのか、というよりクビを言い渡されてきたのか、恐らくは身内の結婚式以外でスーツを着たことなどないだろうと容易に想像がつく面々。人生の一発逆転を狙っているのか、しかし一パーセントの可能性もないと即座に言い切れるほど知性を感じない顔面見本市。
若い女の子がチヤホヤされる環境にもイラついた。バカ面下げた金髪野郎が、「オレ、○○さんと飲んだことがあるんだ」と、いかにもコネがあるような口振りで誘っている。他の男たちも指を銜えて見てはいない。我も我もと蜜に群がり、休み時間は可愛い娘を頂点にヒエラルキーができた。もちろん私はその輪の中に入れなかった。カラオケ行こうぜーの声を背中に教室を出ると、着たきりのセーター男が下卑た声をかけてくる。
「この後、時間ありますか」
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