カラー・フィールド

【第7回】2019年、人生に絶望し、睡眠薬で自殺を図ったトリコはバブル真っ盛りの1989年の渋谷で意識を取り戻した。トリコの青春のすべてともいっていい伝説のユニット「ドルフィン・ソング」を救うため、二人が訪れそうな街を歩き始めた……。彼らの音楽は、数々先人の影響を受けながら、センスの良さが際だっていたのだ。

7 カラー・フィールド

 私は街から街を歩いた。この時代の環境に適応する必要があった。電車を乗り換えるのに、いちいち切符を買わなければいけない手間に面食らった。インターネットも携帯電話もない時代。コンビニも、比べ物にもならないほど少なかった。人々はどうやって生活していたのだろう。夜中にお腹が減ったり、お風呂に入ろうと思ったら石鹸を切らしたことに気付いたりしたときは、次の日まで諦めるしかなかったのか。それに待ち合わせのときは? 約束していたレストランが休みだった場合、そのまま店のシャッターの前で立ち尽くすしかなかったのか? かつて通り過ぎてきた時代にもかかわらずまるっきり思い出せなかった。しかしこれから否が応でも直面していかなければならない。

 この時代の人たちの容姿も見慣れてきた。XやBUCKTICKが好きなのだろう、脱色してメッシュにし、ダイエー・スプレーでギンギンに立たせた髪をした若者とすれ違う。彼らはオゾン層を破壊していることを知らないし、そのうち何割かは、四十になる前にハゲる。果汁グミを食べている子供が目立った。あと、歩きタバコが珍しくない。コンプライアンス以前に、マナーがない時代だった。喫茶店に入っても、禁煙どころか分煙化すらされていない。スタバはまだ日本に出店していなかった。

 それに私がいた時代と決定的に違うことがある。男も、女も、年寄りも、子供も、人々の顔が明るい。自信を持っているのだ。閉塞感の「へ」の字もない。

 歩き疲れて、書店に休みがてら入る。『キッチン』が平積みだった。吉本ばななはこのときまだ名前に漢字が混じっていた。当時の文系女子で『TUGUMI』や『哀しい予感』を読んでいない子はいないだろう。私も熱心に読んだクチだ。

 もう一度思う。私も読んだ。当時、十五歳になる私も—。

 どこか遠くから、ゴゴゴという、私にしか聞こえない耳鳴りが聞こえる。  お恥ずかしいかぎりだが、このときまで私は、私に会うという発想がなかった。

 会ってどうするというのか。パラドックスは起こらないのか。たとえば、どちらか一方が消えてしまうとか。

 この頃の私は、自分自身、次の日はどこにいるのかわからないような生活を送っていた。

 万一に備えて両親が用意していた書き置きにあった、遠い親戚が親代わりになった。保守派を自称する新聞社の記者とひとつ屋根の下で同居するようになったが、三日で下着が無くなり、五日で風呂場を覗かれ、七日目に布団に入ってきたので金玉を蹴り潰してやった。まだ男を知らなかったが、そのへんの度胸だけはあった。

 断言できる。人々が頻繁に使うフレーズ、「最強」は男にふさわしくない。

 子孫を残すために常に外部に冷却しておかなければならない急所を間抜けな位置にぶら下げている「珍獣」が最強なわけがない。


 話を戻す。親の人を見る目のなさに呆れつつ、私は親戚の家を出て、居場所を転々とすることになった。

 十五歳の私は、自分を中心にこの世界が回っていると思っていた。親を亡くした悲しみを忘れたかったのか、急に自由を得たと錯覚を起こしたのか—いまならわかる。両方だった—学校にも通わなくなった。スクールカースト圏外から一気に腐女子クラスタへの仲間入りを果たした。

 日本が世界に誇る三大カルチャーはヤンキー・ロリータ・オタクだが、私は見事なまでに三つめだった。かといってオシャレでないのは許せなくて、昼間からアフタヌーンティーに入り浸り、下北と代官山の雑貨屋を回り、ミニシアターをハシゴした。ジャームッシュのどこがいいのか、ちっともわからなかったが、スパイク・リーのほうはまだ理解できた。親が死んで転がり込んできた小金を頼りに、一生働かないで生きていけると思っていた。

 しかしその後、現実は、幾度となく襲いかかってきた。「高校中退」の四文字に、履歴書を書くたび胃を締め付けられた。身元保証人不在を理由に、物件をどれだけ断られたか。ゆえに同居人への依存度が増し、頭が上がらなくなる。

「おまえは社会に出ても何の役にも立たないのだから、家で炊事洗濯でもやってろ」

 言い返せなかった。自己否定の日々。もがいても無駄だった。それでも若いうちは根拠のない自信があった。だけどそんなのあっという間だ。本当に、あっという間だった。

 —気づくのはいつでも過ぎた後だろう。

 ドルフィン・ソングが歌っていた通りだった。

 三十の一線を越え、四十の壁を破壊したときには、社会から必要とされないニートの一丁上がり。一日の食費を三百円に抑え、本はすべて図書館かブックオフ。小さい記事はコンビニで写メ。アロマテラピーが唯一の贅沢だが、最低賃金のバイトを掛け持ちしても食べていけず、ほどなくして「思ってたのと違う」が口癖の、体を壊したOlive少女のなれの果てが残った。

 あの頃の私がいまの私を見たらどう思うだろう。 「おめおめと生きてやがって」と毒づかれるか、ショックでその場で手首を切りかねない。

 なのに足は笹塚の女子高へと向いていた。

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この連載について

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ドルフィン・ソングを救え!

樋口毅宏

林真理子さん、燃え殻さんも才能を認めた著者の会心作を限定公開!  2019年、45歳独身で人生に絶望したフリーターのトリコ。睡眠薬で自殺をはかって目覚めたのは、1989年の渋谷だった! トリコに幸せは訪れるのか?  「めちゃくち...もっと読む

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