寒さが堪えるこの時期、あったかいお風呂は至福だ。
とはいえ、東京で暮らしている今は、いちいちお風呂のありがたさを実感したりはしない。
山小屋時代はそうじゃなかった。水が貴重な山では毎日お風呂に入れるわけじゃない。お風呂は、贅沢でありがたくて、みんなからチヤホヤされる存在だった。
今回は、なかなかに過酷な山小屋のお風呂事情について。
お風呂の隠語、その由来は……?
以前も書いたけど、私がいた山小屋はお客様用のお風呂がない。圧倒的に水量が足りないからだ。
だけど、実はスタッフ用のお風呂ならある。最盛期は2ヶ月くらい下山しないこともあるし、衛生面からいってもお風呂に入らないわけにはいかない。水が貴重だから毎日入れるわけではないけど、週に2、3回は入っている。
そう言うと、下界の友達には「たったそれだけ!?」と驚かれる。そりゃそうだ。私も、山小屋で働く前だったら驚いただろう。
よく「ベタベタにならない?」と聞かれるけど、標高の高い山では気温も湿度も低いため、ベタベタにはならない(私が乾燥肌だからかも)。週2、3回の入浴と汗拭きシートで清潔感はそれなりに保てるのだ。
※調理の際は手袋にアルコール除菌もして、手ぬぐいで頭を覆うので、衛生面で問題が発生したことはない。
ところで、お風呂があることはお客様には秘密だ。
お客様用のお風呂がない以上、スタッフだけお風呂に入っているなんて忍びない。お風呂は営業時間中にひとりずつ順番に回すのだけど、間違ってもお客様の前で「お風呂お先でした」などと言ってはいけない。
そのため、お客様の前ではそれとわからないように隠語を使う。
よく、スーパーや飲食店などで「3番行ってきます」というとトイレの隠語……などという話を聞くけど、私のいた山小屋の場合、お風呂の隠語は「コースケ」だった。
「お先コースケいただきます~」「お次コースケどうぞ~」といった具合だ。
これは、昔お風呂を沸かす係だった人の名前がコースケさんで、その年のスタッフがふざけて隠語にしたらしい。それが定着し、コースケさんが山小屋を辞めたあとも使われ続けているそうだ。
当のコースケさんが山小屋に遊びに来たときは、「あれが本人……!」と、まるで歴史上の人物に会ったような気持ちになった。最近のスタッフは「コースケ」の由来を知らないので、もしかしたら「山小屋業界全体での隠語」と勘違いしている人もいるかもしれない。
ちなみに、「コースケ」は仮名。これを読んだ人がその山小屋に行くかもしれないので、変えておいた。けれど、上記のエピソードから隠語がバレる可能性は高くなってしまったので、山小屋のみんなには謝っておく。
山小屋のお風呂は過酷!?
山小屋のお風呂はなかなかに過酷だった。
何が過酷って、寒いのだ。
私がいた山小屋は、お風呂が外にあった。物置みたいなボロい建物で、隙間風が吹き込んでくる。脱衣場も洗い場もめちゃくちゃ寒い。
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