九螺ささら「きえもの」

九螺ささら「きえもの」【コンビーフ】

岬くんは全く喋らなかった。
岬くんの視線の誘導で、わたしは彼の家に着いた。
――電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!



 脳神経をほぐしてくようにコンビーフに箸を入れ記憶をほどいてゆく



 小学校の同窓会に岬くんはいなかった。


 彼は二年三組に転校生としてやって来た。日本国中を転々としているということで、家族でサーカスをしているという噂が立った。

 帰り道が途中まで同じだということで、担任の北原先生はわたしに、岬くんと一緒に帰るように命じた。

 岬くんは全く喋らなかった。わたしは、彼の歩調に合わせて歩いた。彼はわたしを見なかった。前だけを見ていた。

 学校を出て十分くらい経った頃、彼が止まった。ネズミモチの木の下だった。彼は木の実を取って中からスプーンを取り出した。どこも欠けていないスプーンだった。そんなのを見たのは初めてだった。

 岬くんは目を合わせないまま、わたしにそのスプーンをくれた。わたしは会釈をした。

 岬くんの視線の誘導で、わたしは彼の家に着いた。岬くんの一家はお祭りの露店をしているようだった。玄関に、「飴細工」と書かれた色褪せた幟(のぼり)があった。

 岬くんは首からかけていた紐の先の鍵でドアを開けた。

 テーブルの上にコンビーフ缶が山のように積まれていた。岬くんは砂山崩しの要領で、そこから二個だけ取った。そして一個をわたしにくれた。


 同窓会の二次会は欠席し、わたしは深夜に帰宅した。ずっと保管していた岬くんからもらったコンビーフの缶を手にした。

 突起に鍵を引っかけて、回し出す。くるり。くるり。くるり。


 最後、太い部分の金属がふちっと切れた。


 巻きとられた部分が消え、台形の缶は上下二つに分かれた。中は、空だった。岬くんがネズミモチの木の下にいた、あの日の色のない空だった。



 コンビーフ工場で余った鍵たちガードレールを巻き取りにいく


この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

歌人・九螺ささら「きえもの」一挙15篇収録。あらゆるエンタメを自由に楽しむ電子の文芸誌、毎奇数月第3金曜に配信!

yom yom vol.53(2018年12月号)[雑誌]

朱野帰子,寺地はるな,結城充考,荻上チキ,平原卓,渋谷直角,柳瀬博一,さやわか,越谷オサム,伊藤朱里,十市社,赤楚衛二,中山七里,宮木あや子,九螺ささら,吉野万理子,青柳碧人,東川篤哉,最果タヒ,乾緑郎,門井慶喜,ふみふみこ,千葉雅也,砂田麻美,カレー沢薫,本坊元児,恒川光太郎,新納翔,新井久幸,あいみょん
新潮社
2018-11-16

この連載について

初回を読む
九螺ささら「きえもの」

九螺ささら /新潮社yom yom編集部

初の著書『神様の住所』がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した歌人・九螺ささらによる、短歌と散文が響き合う不思議な読み物。電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

consaba #life954 #radiko #tbsradio 約2ヶ月前 replyretweetfavorite