裕二 21歳
(アカウント:暇な医大生
「おもしろきこともなき世をおもしろく。精神科希望」)
女の人は、心が開くと体も開く。セックスのテクニックを下手に磨くよりも、会話の能力を磨いて、いろんな話を引き出したほうが体の反応がよくて、いいセックスが出来る。
だから最近の俺は、心理学や会話術の本もたくさん読んで、この仕事で結果を出せるように頑張っているのだ。ようやくここ最近、月間の人気ランキングではほぼトップ。このまま大きく他のホストたちを引き離して、俺の名前をこの狭い業界にとどろかせたい。
こんな裏稼業でてっぺんを目指すなんて、まっとうな仕事をしている人から見たら、馬鹿馬鹿しく見えるだろう。けれど、小さな世界でてっぺんも取れないようなやつに大きなことは出来ないと思う。俺が今出来るのはこれだけなんだから、とにかく、今はこれに打ち込む。
あとは、ツイッターで10万フォローを目指すのが直近の目標といえば目標かな。
俺はツイッターを回遊してパクれそうなツイートを見つけ、いくつかのネタをコピペして下書き保存した。自分が読んでる心理学の本や会話術の本から得た気付きをツイートすることもある。
しばらく面白系が続いたから、今日は恋愛系の何かをつぶやこうかな。下書き保存したものの中から、恋愛のつぶやきを探し出す。
「恋愛で大泣きしたことある人は、みんな心が優しい」
どこかの女性ツイッタラーがつぶやいていたツイートだったと思う。元ネタは特にブックマークしているわけでもないから、すぐに忘れちゃうけど。つぶやくと一時間ほどで、100リツイート、600いいねがついた。調子がいいとすぐに1000リツイートいくので、今回は、あんまりウケがよくなかったか。
けれど、恋愛系のつぶやきをすると女性ファンからDMやリプライがたくさん来る。みんな俺が医大生というのを本気にしていて、架空の俺に恋しているのだ。
「未来のお医者さんなんですね、すごいです」
「暇な医大生さんに、診察してもらえませんか」
「オフパコ希望です! 写メ送ります」
DMを開くとこんなメッセージが山のようにたまってる。たまにこの中から、可愛い子を選びだして、遊んでしまおうかなと思うこともあるけれど、仮にもデリバリーホストとして、お金を貰ってセックスをしているのだから、プライベートでも安売りしちゃダメだと今のところとどまっている。
それにしても。架空空間でも現実世界でも、俺は疑似恋愛を提供しているのが面白い。戦略を立てなくても気が付けばこうなっていたわけだから、これはもしかしたら俺の才能かもしれない。
そんなことをぼやぼやと考えていたら、恭平さんからライン。
明日の夜に仕事が入った。エッチなことなしで純粋なデート希望のお相手だ。デートの場合は、一緒に食事して、手をつないで街を歩いて、もしも盛り上がったらキスまでして、次回はひと晩コースにつなげる。最初がデートで始まる客に関しては、一回で体の関係を持ったらダメだ。ゆっくりと心を開いて、それから体の関係に持ち込む。
恭平さんから、客の情報……年齢、趣味、好きな食べ物などのプロフィールシートも送られてきたので、食べながら見ることにした。
コンビニで買ったバラチラシを部屋の白いテーブルに乱暴にのせ、冷蔵庫から取り出した2リットルの烏龍茶片手に食べ始める。卵ばかりのバラチラシは、安っぽい味だけどそれなりにうまい。俺は一心不乱に箸を口に運んだ。退廃的な気持ちが、腹が膨れていくのと同時に、徐々に薄れていく。
食べ終わってまだ少し胃の余白を感じたので冷蔵庫をあさって、チョコバーを見つけた。賞味期限を確認してからガリガリと噛んでいると、恭平さんからまたラインがきた。
「そういえば半年に一度の面談がまだだったから、面談もかねて、今夜飲まない?」
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