生きづらさの正体を手放す  

世間の常識」が生きづらさの原因だった

著書『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)が人気の渡辺由佳里さんと『部屋が片づかない、家事が回らない、人間関係がうまくいかない 暮らしの「もやもや」整理術』(扶桑社)を刊行した松尾たいこさん。「こうあるべき」「こう生きるべき」という世間の常識に縛られ、生きづらさを感じていたという2人。そこから抜け出し、心地よく軽やかに生きるために2人がした選択とは?

否定され続けてきた幼少時代

松尾たいこ(以下、松尾) 由佳里さん初めまして。松尾です。ようやくお会いできましたね。

渡辺由佳里(以下、渡辺) ツイッターやフェイスブックでつながっているので、初めてという気がしませんね。


松尾 2011年の震災の少し前にツイッターを始めたんですけど、その頃から由佳里さんの発信や記事を拝見していて、どれも共感を覚えることばかりで。いつかぜひお会いしたいと思っていたんです。

渡辺 私も松尾さんが表紙を描かれた本のファンだったり、アメリカの知人が出した本の解説を、ご主人の佐々木俊尚さん(作家・ジャーナリスト)にお願いしたことがあったりと、何かとご縁を感じていました。

松尾 フェイスブックでも共通の知人が多いですよね。

渡辺 いっぱいいますね。世界は100人くらいでできているのではと思うくらい、共通の友達だらけで(笑)。松尾さんの生き方で私がとても共感したのが、32歳でイラストレーターを目指して上京されたことです。「30歳を過ぎてから人生を変えよう」と実際に行動に起こす人は、日本には少ないと思います。

松尾 自分に「これ」という芯はなかったけれど、子どもの頃から絵を描くのが好きでした。ただ、親が離婚したりと家庭環境が複雑で、特に継母との関係性がよくなくて、何をやってもダメといわれる。私のダメなところばかり指摘されて、「自分は何もできることがないんだ」って思っていました。絵を描けるということに関してはほんの少しだけ自信があったけれど、そこも認めてもらえず、美大に行くことも許されず。「東京芸大ならいい」といわれたけど、そこまでの自信はありませんでした。「ここで嫌われたら生きる手段がない」と思っていたから、波風を立てずに生きようと必死で。「我慢するなかで少しでもよく生きるためにはどうしたらいいか」ということばかり考えていました。今思えば「逃げの生き方」ですよね。

渡辺 私も子ども時代を山陰の田舎で過ごしているのでよくわかります。「ダメだ」という人はいっぱいいるけど、「やってみなさい」と背中を押してくれる人がいない。私の場合は父との折り合いが悪く、結婚式にも出席してくれなかったほど。家族全員に厳しくて、みんな父を怒らせないように気を使って暮らしていました。父には「自分の子どもの人生はこうあるべきだ」というビジョンがあり、そこから外れるともうダメ。だから私は何でも、父に黙ってやりました。海外も自分のお金で行くし、行くと決めてからいう。そのたびに「勘当だ!」と怒られて、もう何度勘当されたかわかりません。

松尾 結婚式に出席してくれなかった話、由佳里さんの本にも書かれていてびっくりしました。私は17歳くらいが一番生きにくかったですね。「自分のいる世界はここしかない」と思い込んでいたので。当時はSNSもないから外の世界も知らず、地元の広島には冒険するような大人も周りにいなかった。同じように感じている中高生って多いと思うんですよね。外に飛び出す勇気もなかったから、結局短大に行って自動車メーカーのマツダに就職し、10年働きました。

渡辺 けっこう長く会社勤めをされていたのですね。

松尾 10年働いたので貯金がちょっとあって、「1年くらいなら好きなことをやってみようかな」と。尊敬していた会社の男性上司が、「周りには自分が『ああなりたい』と思える人がいないから」と辞められたことにも背中を押されました。言い方が難しいんですけど、28歳の時に継母が亡くなった時はとても解放された気がしました。反対する人がいなくなったので、ようやく広島を出ることができたのだと思います。

渡辺 途中から預かったお子さんだから、お母さんも「きちんと育てなきゃ」と外の目を気にされていたのでしょうね。

松尾 そうだと思います。いいところをほめるより、「これがダメだからこうしなさい」といわれることがとても多かった。産んでくれた母にも上京することを報告したんですけど、彼女は私には「とにかく自由に生きてほしい」と思っていたので、「いいじゃない。よっぽど行きたかったのね」って。誰かに反対されていたら、また気の弱い自分が出ていたと思います。


人の希望通りに生きる必要はない

渡辺 32歳で上京されるまでにいろいろあったんですね。でも、文句を言わずに実行に移されたことを、まだ松尾さんのことを直接存じ上げる前から「すごいなあ」「勇敢な方だな」と思っていました。

松尾 家庭環境は自分ではコントロールできないので、逃げ道がないですからね。わたしが受けていたのは抑圧されていた厳しさ。子どもの頃はそれがわからないし、逃げ道がありませんでした。

渡辺 厳しいという考え方もいろいろありますよね。松尾さんのように親の価値観で子供をしばるという厳しさと、その子が独立できるよう教育させていく厳しさは違うと思います。日本ではそこを分けて考えられていないように思います。私の夫の場合は、厳しくて怠けさせてくれないので、けっこう辛いときもあるのですが、その厳しさゆえにできるようになったこともいろいろあります。その子をしっかり見ていたら、潜在能力もわかると思うんです。ですから、「お前はダメだからやらなくていい」と言うよりも、「もうちょっとがんばればできるはずだから、もっとちゃんとやりなさい」と期待値を高くしたほうが子どもは伸びるのではないかと思います。

松尾 そういう厳しさはいいと思います。

渡辺 それと、人の顔色を伺ったり、人の希望通りの生き方をする必要はないんですよね。「この年齢で新しいことに挑戦するなんて」「ずっとひとつのことをやらなければダメ」なんていうことはまったくない。

松尾 「大人としてこうあるべき」「こう生きるべき」という世間の常識にとらわれる必要はないですよね。そういった自分で感じている違和感や、「もやもや」とした感情はなるべく早いうちに気づき、それを解消していくことで生きるのがぐっと楽になると思います。

渡辺 自分の心の声に耳をすますことが大切ですね。

これからの人生を心地よく生きるためのヒントが満載!

この連載について

生きづらさの正体を手放す  

渡辺由佳里 /梅津有希子 /松尾たいこ

アメリカ在住のエッセイストであり、cakesの連載「アメリカはいつも夢見ている」や著書『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)が好評の渡辺由佳里さんと、『部屋が片付かない、家事が回らない、人間関係がうまくいかない 暮らしの「もやもや...もっと読む

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コメント

gogo_smaaaash 「 世間の常識」が生きづらさの原因だった 渡辺由佳里さん松尾たいこさん対談 https://t.co/T2AjMkowD8 10ヶ月前 replyretweetfavorite

endunham 自分も片田舎で居場所がなく、絵が好きだったけどその道に進めず、留学したかったけど認められなかった10代。自分も厳格だった父が亡くなって肩の荷が下りたっけ。ホントこのお二人の生き方に共感しないではいられない😭 https://t.co/6tDYhjWaKc 10ヶ月前 replyretweetfavorite

consaba 渡辺由佳里+松尾たいこ「私は17歳くらいが一番生きにくかったですね。「自分のいる世界はここしかない」と思い込んでいたので。当時はSNSもないから外の世界も知らず、地元の広島には冒険するような大人も周りにいなかった。」 https://t.co/7NLT85b02n 10ヶ月前 replyretweetfavorite

YukariWatanabe SNSでお友達だったイラストレーターの松尾たいこ @taikomatsuo さんとようやくリアルでお会いしました!同感することがいっぱいでした> 10ヶ月前 replyretweetfavorite