こんこんと雪降りつづきこんこんとチーズフォンデュの泉湧き出る
チーズフォンデュパーティーへの招待状が来たのは、一月の半ばだった。
「各自、絡めるものを持ってきてください」
と書いてある。
わたしは、茹でたニンジン、ジャガイモ、レンコン、パプリカ、ソーセージ、ホタテ、エリンギ、それからチクワとバナナを用意した。
当日、洋館の車寄せでハイヤーを降りると、黒のドレス姿の奥様が出迎えてくれた。
「主人は中です」
中庭にはチーズの泉とチーズの噴水があり、死んだばかりの羊が一頭、丸ごとフォンデュに絡められている最中だ。
凍えそうな寒気の中、チーズの泉と噴水から、もうもうと湯気が立ちのぼる。観光地の温泉みたいで、ぼおっと見とれて立ち尽くしてしまう。気がつくと雪がちらついている。この水蒸気が冷やされたものではないのだろうか。
もう一人のゲストは、死んだばかりのウサギを手にして、
「こんな小さいのですみません」
と身を縮めている。
何か、帰れないのではないかとわたしは察した。
もう二度と戻れないのでは、と。
玄関でスマホをドアマンに預けてしまったから、誰にも連絡できない。
明日、締め日なのに。
わたしがやらないと、まだ加山さん一人には任せられない。
ピックがお腹を空かしているだろう。
インコにしては大きすぎてまるでオウムだけど、かわいくて仕方ない。あの子は、明治屋で売っているレタスとヒマワリの種しか食べられないのに。
「脳がいい? それとも膵臓?」
奥様が聞いてくる。
「では脳を」
フォンデュされた羊の脳が供される。
巨大な白いブロッコリーみたいだ。
まだ御主人は出てこない。「中」ってどこなんだろう。
外から微かに、教会の鐘の音が聞こえてくる。硬質な、天まで真っ直ぐ届きそうな音だ。この場所でフォンデュされる死にたての生き物たちへのレクイエムだろうか。
帰りたい。
目の前の羊脳が、ゆったりと湯気を立ち上らせる。
連絡網はこんがらがって途中から同じ乳を飲む兄弟になる
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