第250回 「考える」ことの意味(後編)

数学苦手な新キャラ「ノナちゃん」と対話を続ける「僕」。《数学トーク》から何が見つかるんだろう。何を見つけるんだろう。

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

ノナユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。

$ \newcommand{\NONAMACROBASE}[2]{\texttt{..}{\scriptstyle #1}#2} \newcommand{\NONAMACROBASEREV}[2]{#1{\scriptstyle #2}\texttt{..}} \newcommand{\NONAMACRO}[1]{\NONAMACROBASE{#1}{#1}} \newcommand{\NONAMACROREV}[1]{\NONAMACROBASEREV{#1}{#1}} \newcommand{\NONA}{\NONAMACROBASE{\textrm o}{\textrm O}} \newcommand{\NONAX}{\NONAMACROBASE{\textrm x}{\textrm X}} \newcommand{\NONAQ}{\NONAMACRO{?}} \newcommand{\NONAQREV}{\NONAMACROREV{?}} \newcommand{\NONAEX}{\NONAMACRO{!}} \newcommand{\NONAHEART}{\NONAMACRO{\heartsuit}} \newcommand{\NEQ}{\neq} \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} $

【お休みの予告】

結城浩です。いつもご愛読ありがとうございます。 おかげさまでこのWeb連載も今回で第250回を迎えることになりました!

みなさまの応援に感謝します。

さて、たいへん恐れ入りますが、さらなるパワーアップをはかるため、 このWeb連載の更新を2019年2月22日までお休みさせてください。

日程は以下の通りです。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

Web連載「数学ガールの秘密ノート」予定

・2019年1月18日(金)第250回更新
・2019年1月25日(金)お休み
・2019年2月1日(金)お休み
・2019年2月8日(金)お休み
・2019年2月15日(金)お休み
・2019年2月22日(金)お休み
・2019年3月1日(金)第251回更新
・(以後、毎週金曜日更新)

第249回の続き)

リビングにて

《クイズ》

数式$y = x$が表している直線を、$1$だけ上に動かした直線は、 どうして、数式$y = x + 1$で表されるといえるのだろうか。

ノナ「点をぜんぶいっぺんに上げます$\NONAEX$ ぜんぶの点を《$1$だけ上げる》という意味$\NONAQ$」

「そうだね! その通り! ノナちゃんが言ってる《点》というのは、直線$y = x$上の点のことだね?」

ノナ「そう$\NONAEX$ ぜんぶジャンプ$\NONAEX$」

直線$y = x$上のすべての点を《$1$だけ上げる》

「これで完全に準備が整ったよ」

  • 直線$y = x$というのは、$y = x$を満たす点がすべて集まっている図形。
  • 直線$y = x + 1$というのは、$y = x + 1$を満たす点がすべて集まっている図形。
  • 図形を《$1$だけ上げる》というのは、その図形のすべての点の$y$座標を$1$増やして得られる図形を求めること。

「あとは、直線$y = x$のすべての点について、$1$だけ上げた図形が、直線$y = x + 1$上にあることを確かめればいいんだ」

ユーリ「ほほー?」

ノナ「ほほう$\NONAQ$」

「ノナちゃんは、どうしたらいいと思う?」

ノナ「わからない……わかりません$\NONAX$」

「《生徒役のノナちゃん》が『わかりません』と言ってますが、《先生役のノナちゃん》にその気持ちを解説してもらいたいなあ」

は、思いついたばかりの、

《生徒役のノナちゃん》

《先生役のノナちゃん》

という概念を駆使して、ノナに話しかけた(第249回参照)。

ノナ「何を聞かれてるのかわからない……みたい$\NONA$」

「ああ、なるほど。僕の質問が雑だったからね。 じゃあ、きちんと質問するよ」

直線$y = x$上にある点はどれでも、$1$だけ上に動かすと、直線$y = x + 1$上にある。

これを確かめるためには、何をいえばいいでしょうか。

ユーリ「$y = x$を$1$だけ上に動かしたら$y = x + 1$なんて、当たり前じゃん」

ノナ「ユーちゃんは、頭いいから$\NONA$」

「いやいや、ノナちゃん。頭の良し悪しの話じゃないよ。数学を考えよう。 『これを確かめるためには、何をいえばいいでしょうか』」

ノナ「わからない……わかりません$\NONAX$」

「《先生役のノナちゃん》にもう一度お尋ねしますが……」

ノナ「何を聞かれてるのかはわかった……みたい$\NONA$」

「それはよかった」

ノナ「何を答えたらいいのかはわからない……わかりません$\NONAX$」

「じゃあね、『直線$y = x$上にある点はどれでも、$1$だけ上に動かすと、直線$y = x + 1$上にある』と言われたら、ノナちゃんは納得できるかなあ」

ノナはこくんとうなずく。

「なるほど。ノナちゃんは納得できる。だったら、ノナちゃんのその《納得》を言葉にすることはできるかな?」

ノナ「だって……この通り$\NONA$」

ノナは『この通り』と言いながら図を指さした。

直線$y = x$上のすべての点を《$1$だけ上げる》

「そうだね。この図には、直線$y = x$の点を$1$だけ上に動かしているようすが描いてある。 それが、はっきりと見える。だからノナちゃんは、納得できる」

そこでまたノナはこくんとうなずく。

「見えている通りなのに、どうしてそんなに当たり前のことを聞くんだろう。当たり前のことだから、何と答えていいかわからない……のかな」

ノナはちょっと首を傾げ、目尻を指で掻いてから、こくんとうなずく。

きっと「その通り」という意味なんだろう。

ユーリ「実際、当たり前だよね!」

「図に描くと確かにわかりやすいけれど、見えている通り……というのは、数学では確かめたことにはならないんだ。だって、ほら、ノナちゃんも知っているように、座標平面というのは、ここに見えている範囲だけじゃないよね」

ノナ「《無限のキャンバス》$\NONAEX$」

「そうそう。座標平面というのは、無限に広がっているキャンバスのようなもの。この紙に描いたものは、ほんの一部分だけなんだ。しかも、数学の《点》では大きさを考えない。 この紙に描いた丸い点は、僕たちが考えるための手がかりに過ぎないんだよ」

ノナ「$\NONA$」

「だから『直線$y = x$上にある点はどれでも、$1$だけ上に動かすと、直線$y = x + 1$上にある』ということを数学的に確かめるためには……《無限を味方につける》必要がある」

ユーリ「お兄ちゃんのポエムが始まったぞ」

ノナ「無限$\NONA$」

「図は目に見えてわかりやすいけど、限りがある。僕たちは、図の助けを借りつつ、数式を使って確かめるんだ」

ユーリ「まわりくどーい! 結局、どーすんの? 早く早く早く!」

「僕たちはいま、直線のような図形を《点の集まり》として考えている。だから、点をたとえば、 $$ (x, y) = (p, q) $$ のように表して考えればいいんだ。つまり、$x$座標が$p$という値で、$y$座標が$q$という値になっている点を考えてみよう」

ノナ「$p$$\NONAQ$」

「$p$と$q$のように文字を使う。それを使って$(p,q)$のように点を表すのは、《無限を味方につける》ための一つの方法なんだよ、ノナちゃん」

ノナ「なんで……どうしてですか$\NONAQ$」

「うん。$1$や$2$のように具体的な数を使って考えた方がわかりやすいけど、それだと、一つの点しか考えていないことになるよね。 でも、僕たちはいま、無数の点について一般的な主張をしたい。 だから、文字を使うんだ」

ユーリ「お兄ちゃんがよくやるやつだ! 《文字の導入による一般化》でしょ?」

ノナ「もじの$\NONA$」

ユーリ「《文字の導入による一般化》」

ノナ「もじのどうにゅうによる……いっぱんか$\NONA$」

「そうだね。ユーリのいう通り。$1$や$2$のような具体的で特別な数を使うんじゃなくて、 $p$と$q$という文字を使って一般的に考えようということ」

ノナ「大事なこと$\NONAQ$」

「そうだよ。一般的に考えるのはとても大事なこと。なぜかというと、さっきノナちゃんが考えていたことを確かめるため」

ノナ「$\NONAQ$」

「ノナちゃんは《直線上のぜんぶの点を$1$だけ上に動かす》ことを想像したよね。紙の上でも《見た》けど、心の中でも《見た》はずだよ。直線を動かすようすを」

ノナは、力強くうなずき、 その拍子に丸眼鏡がずれる。

彼女は両手でそれをていねいに直す。

ノナ「見た……見ました$\NONA$」

「具体的な数で理解するのはとてもいい。《例示は理解の試金石》だから。でも、いったん理解したら、今度は具体的な数を文字にして一般的に考えようとしてみる」

ユーリ「お兄ちゃん、それ大得意だよね」

ノナ「もじのどうにゅうによるいっぱんか$\NONA$」

「$(p, q)$のように文字を使えば、たった一つの点だけじゃなくて、無数にある点のことを一度に表せる。 そうすれば、直線上の《ぜんぶの点》をまとめて考えることもできるんだ!」

ノナ「無限のキャンバス$\NONA$」

「ああそれから、ついでに言うと、こんなふうに自分が覚えたことを当てはめるのは大事だよ。つまり……」

  • 《例示は理解の試金石》という言葉を覚えたら、抽象的な話を聞いたときに「よし、具体例を作ってみよう」と考えること。
  • 《文字の導入による一般化》という言葉を覚えたら、具体的な数を見たときに「よし、この数を文字に変えて、一般化してみよう」と考えること。

ユーリ「なーるほど。当てはめること?」

「そうだね、自分が覚えたことを当てはめてみる。いわば《法則の適用》とでもいうこと。 そうすると世界が広がるんだ」

ユーリ「ほーそくのてきよー」

ノナ「ほうそくの……てきよう$\NONA$」

「じゃあ、話を戻すよ。文字$p, q$を使って点$(p, q)$を考えて……」

ユーリ「お兄ちゃん、ちょっと待って。もともと点は$(x,y)$って文字を使ってたじゃん。 $x$と$y$ってゆー文字。何でわざわざ$p$とか$q$とか別の文字を使うの?」

「うん、$x$と$y$のまま話をしてもいいし、そういうこともよくある。でもそのときには『いま$(x,y)$は何を表しているかな』と注意しないといけない。 話をわかりやすく……誤解なく進めるために、$p$と$q$という別の文字を使おうと思ったんだよ」

ユーリ「へー。そんじゃ、話を先に進めてくれたまえ」

「ここまでの話、ノナちゃんは大丈夫? 何か気になることはある?」

ノナ「大丈夫……大丈夫です$\NONA$」

大丈夫です、とノナは言ったけれど、にはそうは見えなかった。

視線が落ち着かないし、 ベレー帽からのぞいている《ひとふさだけの銀髪メッシュ》の前髪をさかんに指でひっぱっているからだ。

は迷う。

は、とても迷う。

ノナは大丈夫と言っているんだから、このまま話を進めてもいい。 進めてもいい……のだけれど、明らかに彼女は何か気になることを心に持っている。 たとえ、大丈夫と言っていても。

話を先に進めるべきか。

それとも、もう少し彼女に語ってもらうべきか。

彼女が言ってくれた「大丈夫です」をむげにせず、 ていねいに受け止めつつも、 彼女の気がかりを語ってもらうにはどうしたらいいだろうか。

そうか……もう一度《先生役のノナちゃん》にがんばってもらおう!

「……」

ユーリ「おにーちゃん! どーした!」

ノナ「$\NONAQ$」

「うん。ノナちゃんは、気になることはない?」

ノナ「大丈夫……大丈夫です$\NONA$」

は、ドアをノックする真似をして「コンコン」と言う。

(コンコン)

「《生徒役のノナちゃん》は『大丈夫です』と言ってますけど……《先生役のノナちゃん》はどう思います?」

少しあいだを置いてノナが答える。

ノナ「暗記が気になってる……みたいです$\NONA$」

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

ケイクス

この連載について

初回を読む
数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

oga_yuu_0704 「《どうして》というのは理由を問う言葉なんだ。」 ほんとこれ。ただ疑問に思ったから何故そうしたのか聞いてるのに聞かれた側は間違えたのかと思う。 考え方が気になったから聞いてるだけなのに。 https://t.co/yug8COxHxL 3ヶ月前 replyretweetfavorite

shut_kyomu ものすごく初歩的でものすごく簡単でものすごく大切な話をしているの、すごくいいですね……。 3ヶ月前 replyretweetfavorite

TkBohz 『ノナが考えていることは、彼女の内部状態だ。 疑問を抱いているという状態を外に出してくれないと、外部から観測するのは難しい。』 3ヶ月前 replyretweetfavorite

yshugo91 オフィーリアがいきなり出てきてびっくりした笑 中学生くらいに絵を初めて見たときは、衝撃を覚えたなあ 3ヶ月前 replyretweetfavorite