登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ノナ:ユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。
【お休みの予告】
結城浩です。いつもご愛読ありがとうございます。 おかげさまでこのWeb連載も今回で第250回を迎えることになりました!
みなさまの応援に感謝します。
さて、たいへん恐れ入りますが、さらなるパワーアップをはかるため、 このWeb連載の更新を2019年2月22日までお休みさせてください。
日程は以下の通りです。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。
Web連載「数学ガールの秘密ノート」予定
・2019年1月18日(金)第250回更新
・2019年1月25日(金)お休み
・2019年2月1日(金)お休み
・2019年2月8日(金)お休み
・2019年2月15日(金)お休み
・2019年2月22日(金)お休み
・2019年3月1日(金)第251回更新
・(以後、毎週金曜日更新)
リビングにて
《クイズ》
数式$y = x$が表している直線を、$1$だけ上に動かした直線は、 どうして、数式$y = x + 1$で表されるといえるのだろうか。
ノナ「点をぜんぶいっぺんに上げます$\NONAEX$ ぜんぶの点を《$1$だけ上げる》という意味$\NONAQ$」
僕「そうだね! その通り! ノナちゃんが言ってる《点》というのは、直線$y = x$上の点のことだね?」
ノナ「そう$\NONAEX$ ぜんぶジャンプ$\NONAEX$」
直線$y = x$上のすべての点を《$1$だけ上げる》
僕「これで完全に準備が整ったよ」
- 直線$y = x$というのは、$y = x$を満たす点がすべて集まっている図形。
- 直線$y = x + 1$というのは、$y = x + 1$を満たす点がすべて集まっている図形。
- 図形を《$1$だけ上げる》というのは、その図形のすべての点の$y$座標を$1$増やして得られる図形を求めること。
僕「あとは、直線$y = x$のすべての点について、$1$だけ上げた図形が、直線$y = x + 1$上にあることを確かめればいいんだ」
ユーリ「ほほー?」
ノナ「ほほう$\NONAQ$」
僕「ノナちゃんは、どうしたらいいと思う?」
ノナ「わからない……わかりません$\NONAX$」
僕「《生徒役のノナちゃん》が『わかりません』と言ってますが、《先生役のノナちゃん》にその気持ちを解説してもらいたいなあ」
ノナ「何を聞かれてるのかわからない……みたい$\NONA$」
僕「ああ、なるほど。僕の質問が雑だったからね。 じゃあ、きちんと質問するよ」
直線$y = x$上にある点はどれでも、$1$だけ上に動かすと、直線$y = x + 1$上にある。
これを確かめるためには、何をいえばいいでしょうか。
ユーリ「$y = x$を$1$だけ上に動かしたら$y = x + 1$なんて、当たり前じゃん」
ノナ「ユーちゃんは、頭いいから$\NONA$」
僕「いやいや、ノナちゃん。頭の良し悪しの話じゃないよ。数学を考えよう。 『これを確かめるためには、何をいえばいいでしょうか』」
ノナ「わからない……わかりません$\NONAX$」
僕「《先生役のノナちゃん》にもう一度お尋ねしますが……」
ノナ「何を聞かれてるのかはわかった……みたい$\NONA$」
僕「それはよかった」
ノナ「何を答えたらいいのかはわからない……わかりません$\NONAX$」
僕「じゃあね、『直線$y = x$上にある点はどれでも、$1$だけ上に動かすと、直線$y = x + 1$上にある』と言われたら、ノナちゃんは納得できるかなあ」
ノナはこくんとうなずく。
僕「なるほど。ノナちゃんは納得できる。だったら、ノナちゃんのその《納得》を言葉にすることはできるかな?」
ノナ「だって……この通り$\NONA$」
ノナは『この通り』と言いながら図を指さした。
直線$y = x$上のすべての点を《$1$だけ上げる》
僕「そうだね。この図には、直線$y = x$の点を$1$だけ上に動かしているようすが描いてある。 それが、はっきりと見える。だからノナちゃんは、納得できる」
そこでまたノナはこくんとうなずく。
僕「見えている通りなのに、どうしてそんなに当たり前のことを聞くんだろう。当たり前のことだから、何と答えていいかわからない……のかな」
ノナはちょっと首を傾げ、目尻を指で掻いてから、こくんとうなずく。
きっと「その通り」という意味なんだろう。
ユーリ「実際、当たり前だよね!」
僕「図に描くと確かにわかりやすいけれど、見えている通り……というのは、数学では確かめたことにはならないんだ。だって、ほら、ノナちゃんも知っているように、座標平面というのは、ここに見えている範囲だけじゃないよね」
ノナ「《無限のキャンバス》$\NONAEX$」
僕「そうそう。座標平面というのは、無限に広がっているキャンバスのようなもの。この紙に描いたものは、ほんの一部分だけなんだ。しかも、数学の《点》では大きさを考えない。 この紙に描いた丸い点は、僕たちが考えるための手がかりに過ぎないんだよ」
ノナ「$\NONA$」
僕「だから『直線$y = x$上にある点はどれでも、$1$だけ上に動かすと、直線$y = x + 1$上にある』ということを数学的に確かめるためには……《無限を味方につける》必要がある」
ユーリ「お兄ちゃんのポエムが始まったぞ」
ノナ「無限$\NONA$」
僕「図は目に見えてわかりやすいけど、限りがある。僕たちは、図の助けを借りつつ、数式を使って確かめるんだ」
ユーリ「まわりくどーい! 結局、どーすんの? 早く早く早く!」
僕「僕たちはいま、直線のような図形を《点の集まり》として考えている。だから、点をたとえば、 $$ (x, y) = (p, q) $$ のように表して考えればいいんだ。つまり、$x$座標が$p$という値で、$y$座標が$q$という値になっている点を考えてみよう」
ノナ「$p$$\NONAQ$」
僕「$p$と$q$のように文字を使う。それを使って$(p,q)$のように点を表すのは、《無限を味方につける》ための一つの方法なんだよ、ノナちゃん」
ノナ「なんで……どうしてですか$\NONAQ$」
僕「うん。$1$や$2$のように具体的な数を使って考えた方がわかりやすいけど、それだと、一つの点しか考えていないことになるよね。 でも、僕たちはいま、無数の点について一般的な主張をしたい。 だから、文字を使うんだ」
ユーリ「お兄ちゃんがよくやるやつだ! 《文字の導入による一般化》でしょ?」
ノナ「もじの$\NONA$」
ユーリ「《文字の導入による一般化》」
ノナ「もじのどうにゅうによる……いっぱんか$\NONA$」
僕「そうだね。ユーリのいう通り。$1$や$2$のような具体的で特別な数を使うんじゃなくて、 $p$と$q$という文字を使って一般的に考えようということ」
ノナ「大事なこと$\NONAQ$」
僕「そうだよ。一般的に考えるのはとても大事なこと。なぜかというと、さっきノナちゃんが考えていたことを確かめるため」
ノナ「$\NONAQ$」
僕「ノナちゃんは《直線上のぜんぶの点を$1$だけ上に動かす》ことを想像したよね。紙の上でも《見た》けど、心の中でも《見た》はずだよ。直線を動かすようすを」
ノナは、力強くうなずき、 その拍子に丸眼鏡がずれる。
彼女は両手でそれをていねいに直す。
ノナ「見た……見ました$\NONA$」
僕「具体的な数で理解するのはとてもいい。《例示は理解の試金石》だから。でも、いったん理解したら、今度は具体的な数を文字にして一般的に考えようとしてみる」
ユーリ「お兄ちゃん、それ大得意だよね」
ノナ「もじのどうにゅうによるいっぱんか$\NONA$」
僕「$(p, q)$のように文字を使えば、たった一つの点だけじゃなくて、無数にある点のことを一度に表せる。 そうすれば、直線上の《ぜんぶの点》をまとめて考えることもできるんだ!」
ノナ「無限のキャンバス$\NONA$」
僕「ああそれから、ついでに言うと、こんなふうに自分が覚えたことを当てはめるのは大事だよ。つまり……」
- 《例示は理解の試金石》という言葉を覚えたら、抽象的な話を聞いたときに「よし、具体例を作ってみよう」と考えること。
- 《文字の導入による一般化》という言葉を覚えたら、具体的な数を見たときに「よし、この数を文字に変えて、一般化してみよう」と考えること。
ユーリ「なーるほど。当てはめること?」
僕「そうだね、自分が覚えたことを当てはめてみる。いわば《法則の適用》とでもいうこと。 そうすると世界が広がるんだ」
ユーリ「ほーそくのてきよー」
ノナ「ほうそくの……てきよう$\NONA$」
僕「じゃあ、話を戻すよ。文字$p, q$を使って点$(p, q)$を考えて……」
ユーリ「お兄ちゃん、ちょっと待って。もともと点は$(x,y)$って文字を使ってたじゃん。 $x$と$y$ってゆー文字。何でわざわざ$p$とか$q$とか別の文字を使うの?」
僕「うん、$x$と$y$のまま話をしてもいいし、そういうこともよくある。でもそのときには『いま$(x,y)$は何を表しているかな』と注意しないといけない。 話をわかりやすく……誤解なく進めるために、$p$と$q$という別の文字を使おうと思ったんだよ」
ユーリ「へー。そんじゃ、話を先に進めてくれたまえ」
僕「ここまでの話、ノナちゃんは大丈夫? 何か気になることはある?」
ノナ「大丈夫……大丈夫です$\NONA$」
大丈夫です、とノナは言ったけれど、僕にはそうは見えなかった。
視線が落ち着かないし、 ベレー帽からのぞいている《ひとふさだけの銀髪メッシュ》の前髪をさかんに指でひっぱっているからだ。
僕は迷う。
僕は、とても迷う。
ノナは大丈夫と言っているんだから、このまま話を進めてもいい。 進めてもいい……のだけれど、明らかに彼女は何か気になることを心に持っている。 たとえ、大丈夫と言っていても。
話を先に進めるべきか。
それとも、もう少し彼女に語ってもらうべきか。
彼女が言ってくれた「大丈夫です」をむげにせず、 ていねいに受け止めつつも、 彼女の気がかりを語ってもらうにはどうしたらいいだろうか。
そうか……もう一度《先生役のノナちゃん》にがんばってもらおう!
僕「……」
ユーリ「おにーちゃん! どーした!」
ノナ「$\NONAQ$」
僕「うん。ノナちゃんは、気になることはない?」
ノナ「大丈夫……大丈夫です$\NONA$」
僕は、ドアをノックする真似をして「コンコン」と言う。
(コンコン)
僕「《生徒役のノナちゃん》は『大丈夫です』と言ってますけど……《先生役のノナちゃん》はどう思います?」
少しあいだを置いてノナが答える。
ノナ「暗記が気になってる……みたいです$\NONA$」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)