いよいよ物語が大きく動く!角田光代訳『源氏物語』中巻発売!

角田光代「源氏物語 中」発売記念インタビュ― ①小説の醍醐味、仕掛けの面白さがある

「最後まで楽しんで読めた!」と絶賛の角田光代訳『源氏物語』。上巻に引き続き『源氏物語 中』が2018年11月に刊行され、上巻以上の面白さに大好評!中 年になった光源氏を描きつつも、周りの姫君や息子たちにスポットが当たる中巻の面白さはどこにあるのか、ライターの瀧井朝世さんが角田光代さんに迫ります。

中巻はドラマチック


—上巻から約一年、とうとう『源氏物語 中』が刊行されます。上巻が出た後の反応はどうでしたか。

角田 セーフだったんだなって、安心しました。実は発表するまで怖かったんです。私はもともと古典文学の素養がないというコンプレックスがありますし、『源氏物語』から敬語表現を省いて訳すなんて、これはもう犯罪レベルのことをしてしまったんじゃないかと思っていたんですよ。ですからバッシングを覚悟して、「くよくよしない」と紙に書いて机に貼っていました。毎日それを見て、気持ちを保とうと思って。私、落ち込みやすい性格なんです。だけどバッシングが聞こえてくることがなくて、ほっとしました。

—中巻の内容はいかがでしたか。

角田 中巻はドラマティックですね。振り返ると、上巻は人物紹介だったのかなと思えるくらい、中巻は話が濃いです。

—上巻で次々に登場した人たちに、さらに新キャラ続出が加わって、中巻ではとても複雑な人間関係をつくっていきますね。前にお話をうかがったときに、「明石」の帖以降から作者のコントロールが利かなくなってきて、物語がうねりだすとおっしゃっていました。

角田 まさにそうですね。よくこの話をここにもってくることができたなと驚くような、意外な展開が多いです。だけど、それは話が散らかっているという印象ではなくて、話が進んでいくという感じで、上手いんです。「玉鬘」の帖あたりから光源氏が中心から外れていくんですけど、それでも物語が進んでいくのも中巻の面白さですね。

—光源氏が何があってもモテる美男子という感じではなくなりますね。「玉鬘」で光源氏がやっていることって、今で言えば、モラハラ、パワハラ、ストーカーですよね。

角田 それで人に嫌がられてしまってね。

—現実離れしていた光源氏が生身の人になる。人間味もあるし、滑稽味も出てくるんですよね。これは角田さんが後書きに書かれているように、光源氏の年齢の変化が影響しているのかもしれませんね。恋愛模様がコミカルになってきて、女の人が光源氏をはっきりと拒絶する様子が痛快でした。

角田 そうですよね。

—中巻には22帖「玉鬘」から41帖「幻」まで収録されています。あらためて読むと、「若菜 (上・下)」はこんなに長かったかなとびっくりしたのですが、作者の筆が乗っていますよね。明らかに「若菜」で調子が変わりますし、最高の読ませどころだと思います。

角田 作者がうねりを掴まえたという感じがしますよね。それでいて、勢いに任せているんじゃなくて、物語の辻褄がちゃんと合っていくんです。たぶん作者は計算して伏線を張っていたわけじゃないと思うんです。こんなに広がっていく物語を計算できるとは思えないんですよね。

—上巻についてうかがったときも、伏線についてお話しされていました。上巻と中巻の伏線はどんなふうに違いますか。

角田 中巻のほうが、小説としての醍醐味がある気がします。仕掛けが上巻より面白いですね。ちょっとしたことなんですけど、たとえば「玉鬘」の場面です。玉鬘(夕顔と内大臣《かつての頭中将》の娘)と右近(かつて夕顔に仕え、この時点では紫の上に仕える女房)を奈良の宿で引き合わせますね。玉鬘は筑紫から逃げてきて京に仮住まいを決めたばかり、右近は宮中の人間関係に悩んでいて、どちらもお参りをしに立ち寄って、偶然同じ宿に泊まる。テレビドラマやマンガのような仕掛けだと思いませんか。ここに行ったから見てしまった。あそこに行かなければ見なくてすんだ。あのとき運命が変わってしまった。後からそう思うような巡り合わせがいくつも重ねられて、運命って何だろうって最終的に思わせるんです。こういう仕掛けはまだ上巻ではこなれていなくて、作者は書いているうちに上手くなっていったのかもしれません。

—「あのとき○○しなければ」系がいろいろと出てきますよね。なかでも中巻は、光源氏よりも、源氏の恋人である女性や、その周囲にいる女性たちがが生き生きしてきました。

角田 そうですよね。近江の姫君なんて、すごいキャラクターをもってきたと思います。

—近江の君は空気の読めなさもすごいですよね。上巻だと末摘花がこき下ろされて書かれていましたけど、中巻だと近江の姫君が笑われキャラなんですね。しかも作者のナレーション的な語りで「まったくこの娘はもう……」って、皆からズッコケられている感じがします。詠む和歌がどれもトンチンカンなのも笑いました。

角田 あれはすごいですよね。支離滅裂な歌をいっぱい詠ませるなんて、作者はよく考えつくなと思いました。

—当時の和歌は、現代のツイッターやインスタみたいなものだ。そう角田さんがおっしゃっていて、言い得て妙だと思いました。今も昔も自分の一瞬を残すのが好きなんですよね。そう思うと和歌が身近に感じられて、「源氏物語」に出てくる歌を楽しむことができました。

角田 きっとインスタグラムのほうが和歌に近いでしょうね。風景を切り取ったり、そこに心情を映したりするところが似ています。

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いよいよ物語が大きく動く!角田光代訳『源氏物語』中巻発売!

「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」編集部

発売以来、話題騒然!角田光代による新訳『源氏物語』。 『八日目の蟬』など数多くのベストセラー作を生み出してきた角田さんが“長編小説断ち”宣言をしてまで、現代語訳を引き受けた理由、実際に訳しはじめてからの苦労や「源氏物語」の魅力...もっと読む

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