裕二 21歳
アカウント:暇な医大生
「おもしろきこともなき世をおもしろく。精神科希望」)
恭平さんはいつも4コール以内に電話を取ってくれる。
「終わりました」と報告すると、おつかれ、ごくろーさん、と俺を労ってくれた。
「はい、あざしたー。帰って寝ます」
俺の登録しているデリバリーホスト会社のボスである恭平さんは、この業界でもう長い。俺が一番信頼している大人の一人だ。自宅にも何度も招いてもらっていて、ご飯も何度もご馳走になった。奥さんのユカさんの手料理はいつも凝っていて美味しい。牛すね肉の赤ワイン煮込みとか、野菜のテリーヌとか、レストランで食べるような本格的な料理がいつも出てくる。
ちなみに恭平さんはユカさんに自分の本当の職業を言っていない。人材派遣会社の社長ってことになっていて、俺はフットサルサークルで知り合った後輩っていう設定だ。
恭平さんは、経営者でありながら、数時間のデートコースでまだまだ現場もこなしている。さすがに泊まりで入ることは俺よりは少ないけれど、人手が足りない時は、たぶん泊まりも営業もやっているだろう。
40代なのに月間の人気ランキングのトップ5に常にいるのは、おそらく「クロ」をしているからだと俺は見ている。クロというのは、表向きには禁止されている挿入もしている、ということ。
「クロ営業」は一般的には悪いことだろうし、奥さんのいる身で不倫ではないかという意見もあるだろう。けれど、それは現場を知らない部外者の意見だ。うちのサービスを使う女の子は多かれ少なかれ、病んでいる。病んでいるという言葉は適切ではないかもしれない。生きていくのに必要なものは人それぞれ違うのだ。
食べ物や空気が無いと生きていけないのと同じように、男がいないと生きていけない人種もこの世にはいる。そんな人達の孤独や欲求不満をこの体で受け止めるには、時に、一線を超えることも必要になる。挿入してあげると「ありがとう」と言って泣く子だっている。そういう子たちは、異性に欲情されることで救われているのだと思う。その救いと引き換えに、俺が生きている上でおかす罪が全て許されたような気になる。
その世界を俺に教えてくれたのは他でもない恭平さんだ。恭平さんの生きざまを間近で見たおかげで、俺は、遊びのつもりで始めたデリバリーホストを一緒の仕事にするという選択もありかな、と思っている。疲れている女性たちが、自分と会うと元気になっていく姿にはやりがいを感じる。まあ、この仕事は体が反応しなくなったら終わりだから、体を健康に保つ努力はしないといけないけど。
恭平さんがユカさんに仕事のことを打ち明けられない心境は俺にもわかる気がした。俺は結婚してないけど、夫婦だからといって何もかもをオープンにすることがいいとは思えない。俺だって、もしも俺の彼女がそんなことをしていたら死ぬほど嫌だもの。
そういえば、ワイドショーで取り上げられていた猫の絵はユカさんがフェイスブックでシェアしていたんだっけ。ユカさんはツイッターでは発信はしていなくて見る専としてだけ使っているそうだ。そして、たまにフェイスブックで近況を更新している。ユカさんの更新はレアだけど、その分目立つ。
この間は、ユカさんが、一ヶ月ぶりの更新で猫の絵をシェアしていたので「可愛いですね」とコメントした。すると、猫の絵師が知り合いだそうで、「ぜひシェアしてあげて」と言われたので、ツイッターで8万フォロワーに向けてシェアしてあげた。
一度酔っぱらった時に、うっかり恭平さんとユカさんの前で俺が管理している匿名ツイッターアカウントのことを喋ったことがあったのだ。それ以来ユカさんは、俺のことを一目置いてくれている感じがあった。だから、正直言って俺の影響力を見せつけたいという気持ちもあったのだ。何気なくやったこととはいえ、あんなにハネるとは思わなかった。
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