第249回 「考える」ことの意味(前編)

数学苦手な新キャラ「ノナちゃん」と対話を続ける「僕」。彼女との《数学トーク》で、いったい何が見つかるんだろう。

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

ノナユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。

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リビングにて

ここはの家のリビング。

いまはおやつタイム。

と、いとこのユーリと、そのクラスメートのノナがいっしょにテーブルについている。

「ノナちゃんの『お持たせ』ですみませんけど、はいどうぞ」

はそう言いながら、 どら焼きを皿に乗せて持ってきた。

そうか、あの菓子折か……(第247回参照)

ユーリ「いただきまーす! ねーお兄ちゃん、オモタセって何?」

「お客さんからもらったお土産を、そのお客さん本人のおもてなしに使うとき、 そのお土産のことを『お持たせ』っていうんだよ」

ユーリ「へー……知らなかった」

ノナ「いただきます$\NONAHEART$」

「ここのは、とっても美味しいのよ。お母様にもよろしくお伝えしてね、ノナちゃん」

ノナ「はい$\NONA$」

ノナの手が小さいせいか、 両手で持ったどら焼きが大きく見えるな。

彼女がにこにこしながら食べている様子を見ながら、 はそんなことを考える。

ユーリ「数学だって覚えることあるよね、お兄ちゃん」

「いきなり何の話?」

ユーリ「数学は暗記じゃなくて理解だぞ、ってお兄ちゃん言ってたじゃん。でも、何にも覚えてなかったら問題だって解けないんじゃね?」

「ねえユーリ。『暗記じゃなくて理解だぞ』なんて言ってないからね」

ユーリ「そーだっけ」

「すぐに『暗記しよう』とするんじゃなくて、まずは『理解しよう』とは言ったけど」

ユーリ「でもさー、自分が理解したことを忘れたらだめじゃん? だから結局、覚えることはあるよね」

「理解して覚えるというのと、暗記……丸暗記は違うと思うよ」

ユーリ「何が違うの? 暗記を定義して議論せよ!」

ノナ「おいしい$\NONAHEART$」

「たとえばノナちゃんは、数式$y = x$がこの直線を表すことを知っている」

数式$y = x$が表している直線

ノナ「覚えてる……覚えてます$\NONA$」

「ノナちゃんは覚えている。では、ノナちゃんは、数式$y = x$がこの直線を表すということを理解しているか……」

ノナ「わからない……わかりません$\NONAX$」

ユーリ「『覚えている』と『理解している』は何が違うの? おーい、わかんなくなってきたぞー」

「直線の図を見せられて、記憶からパッと数式を取り出せるなら、 それは『覚えている』といえるよね」

ユーリ「頭ん中をググる」

「それはそれでいいんだけど、『理解している』としたら、もっと違うことができる」

ユーリ「とゆーと?」

「直線と数式の関係を理解しているなら、たとえば、こんなクイズに答えられる」

《クイズ1》

数式$y = x$が表している直線を、$1$だけ上に動かした直線は、どんな数式で表されるか。

ユーリ「カンタン! $y = x + 1$でしょ?」

《クイズ1》の答え

数式$y = x$が表している直線を、$1$だけ上に動かした直線は、数式$y = x + 1$で表される。

「ノナちゃんは、いまのクイズわかる?」

ノナ「はい……何となく$\NONA$」

ユーリ「でも、それって暗記と理解の違いなの? クイズに答えられるかどーか」

「図形と数式を丸暗記してるだけだと、$y = x$を動かしたらどうなるかには答えられないからね」

ユーリ「いーや、そんなことはないね」

ユーリは腕組みをして、ふむっと鼻を鳴らす。

ノナはそんなユーリを見つめる。

ユーリ「だってさー、$y = x$という直線を$1$だけ上げたら、$y = x + 1$という直線になるし、 $2$だけ上げたら、$y = x + 2$という直線になるし、 $3$だけ上げたら、$y = x + 3$という直線になるし……ってぜーんぶ覚えている《暗記王》みたいな人がいるかもしんないじゃん?」

「そんな人、いるかなあ……もちろん、一般化して覚えている人はいるだろうけど」

ノナ「$y = ax$を$b$だけ上げたら$y = ax + b$になる$\NONA$」

「ノナちゃん、覚えてるんだ」

ノナ「暗記……暗記しました$\NONA$」

そこが不思議だ、とは思った。

ノナが何をどのくらい理解しているのかがよくわからない。

とても一般的なことをわかっているように感じることもあるのに、 とても具体的なことがわかっていないように感じることもある。

は、いまだにノナのことがわからない。

「暗記と理解の違いか……うん、確かにユーリの言うように、クイズのパターンをたくさん覚えたとする。だとすると、パターンに当てはまるクイズが出てきたら、パパッと答えることができる」

ユーリ「当たり前じゃん」

「でも、パターンに当てはまらないクイズが出たら、まったく答えられなくなる。覚えていないから」

ユーリ「それも当たり前」

「仮に暗記だけして、何も理解していないとするなら、パターンに当てはまらないクイズが出たときには、まったく答えられなくなる。 しかも、考えることすらできない。一歩も進めなくなるんだ。 覚えたパターンでしか答えられない」

ユーリ「たとえば?」

「たとえば、こんなクイズ

《クイズ2》

数式$y = x$が表している直線を、$1$だけ上に動かした直線は、 どうして、数式$y = x + 1$で表されるといえるのだろうか。

ユーリ「どーして?」

「そう。どうしてそういえる?」

ユーリ「だってさー……」

「ちょっと待って、ユーリ。このクイズはノナちゃんに答えてもらいたいんだけど」

ユーリ「りょーかーい」

ノナ「わからない……わかりません$\NONAX$」

ノナが「わからない」と言った瞬間、の心にひとつのアイディアが浮かんだ。

「ねえ、ノナちゃん。いま、『わからない』と答えたのは《生徒役のノナちゃん》だよね。 だったら、《先生役のノナちゃん》に聞いてみようかな」

ユーリ「なにそれ! その、

 《生徒役のノナちゃん》

 《先生役のノナちゃん》

って、いったい何?」

「ノナちゃんの中には、二人いるんだよ……

  • 《生徒役のノナちゃん》は、数学に興味があって学びたいなと思っている。
  • 《先生役のノナちゃん》は、それをやさしく見守って理解を助けたいと思っている。
……その二人のこと」

ユーリ「へー」

「だって、ノナちゃんは、自分自身の先生になるんだからね!(第248回参照)」

ノナ「生徒と……先生がいる$\NONAEX$」

「じゃ、《先生役のノナちゃん》にお尋ねしますよ。《クイズ2》を出題したら、《生徒役のノナちゃん》は『わからない』とすぐに答えました。 彼女は、いったい何を考えていると思いますか?」

ノナを見て、できるだけやさしい声を出して、そんなふうに問いかけてみた。

実際、《生徒役のノナちゃん》や《先生役のノナちゃん》なんて概念は、単なる思いつきだ。

でも、もしかすると、こんなふうに役柄を割り振ったら、 《自分が何を考えているか》を考えるための手助け……ノナの手助けになるんじゃないだろうか。

「……」

ユーリ「……」

ノナ「$\NONA$」

ずいぶん長い時間が経ったように感じる。

でも、きっと実際の経過時間は大したことはない。

は沈黙を守る。

ユーリも沈黙を守る。

僕たちは、きちんと考えるために《沈黙の尊重》が必要なことを知っている。

大丈夫。時間はたっぷりあるのだ。

ノナ「教えて……教えてください$\NONA$」

「何を?」

ノナ「もう一回、クイズを教えてください$\NONA$」

「もちろん!」

《クイズ2》(再掲)

数式$y = x$が表している直線を、$1$だけ上に動かした直線は、 どうして、数式$y = x + 1$で表されるといえるのだろうか。

ノナ「$\NONA$」

「このクイズは、ずいぶん抽象的に聞こえるかもしれないけどね、これは」

ユーリ「ちょっと待って、お兄ちゃん。ノナちゃん思考中なんだけど」

「おっとごめん」

ノナ「$\NONA$」

そして再び沈黙が流れる。でも、今回はそれほど長くは掛からなかった。

ノナ「わからない……わかりません$\NONA$」

「いまのは、生徒役をしているノナちゃんの声だね。先生役のノナちゃんの声も聞きたいな」

ノナ「あの$\NONA$」

「どうぞ」

ノナ「なんて言えばクイズの答えになるか……なんて言えばいいのか、わからないみたい$\NONA$」

「うんうん!」

ノナ「$y = x$は知ってるみたいで、上に動かして$y = x + 1$になるのも知ってるみたい$\NONA$ けど、 理由はわからないみたい……わかりません$\NONA$」

ユーリ「だってさー」

「(ユーリ、待って)」

ノナ「『プラス$1$するから上に動くのかも』って……ノナは思ってるみたい$\NONA$」

「なるほど! 『プラス$1$するから上に動く』というのは、とってもいい感じだね。でも、もう少し正確に表現するように、いっしょに考えていこう」

ユーリ「考えよー!」

ノナ「考える$\NONA$」

「まず、《なんて言えば答えになるか》というと、《ほんとうに納得できるところまで言えたら答えになる》んだよ、ノナちゃん」

ノナ「$\NONAQ$」

ユーリ「納得?」

「学校で、先生が『直線$y = x$を$1$だけ上げたら、$y = x + 1$になります』と言ったとする」

ユーリ「合ってるよね」

「うん、合ってる。それは正しい。でも、先生が言うから正しいんじゃない。理由があるから正しいんだよね。覚えているから納得するんじゃなくて、理由がわかるから納得する」

ノナは、の言葉に強くうなずいた。丸い眼鏡の奥には真剣な目がある。

大丈夫、ノナは話を聞いている。

ノナは、に反応を返そうとがんばっている。

は、早口にならないようにがんばろう。

が早口になるのは、説明が佳境に入ったときとは限らない。

が早口になるのは、聞いている相手のことを忘れたときなんだ。

自分がたくさん準備した説明を、とにかく早くぶちまけようとするとき。

自分の説明に酔ってしまって、相手が理解しているのかどうか気にしなくなったとき。

思いがけない質問に答えられなくて、焦って取り繕おうとするとき。

……そういうときに早口になってしまう。 そして、ノナを涙目にさせてしまう。

早口にならないように、ノナの反応をうかがいながら、ていねいに進まなくちゃいけない。

「ノナちゃんは、$y = x$を上に動かして$y = x + 1$になることを知っている」

ノナ「はい$\NONA$」

「『プラス$1$するから上に動く』とは言えるけれど、それ以上はっきりとした理由は言えない」

ノナ「難しい$\NONAX$」

「そうだよね。 覚えていた答えをパッと言うのとは違うからね。 なぜそう言えるのか。どうしてそう言えるのか。 理由を答えるのは確かに難しい」

ノナ「難しい$\NONAX$」

「でも、理由を考えるのは、とても大事なことなんだ。覚えることも大事なんだけど、よく理解して《どうしてそうなのか》を考えることは大事」

ノナ「どうして大事なの$\NONAQ$」

「そう! ノナちゃんはいま、理由を聞いたんだね。理由を考えることが大事な理由を」

ユーリ「理由の理由」

「たとえば、校長先生がやってきて、『いやいや$y = x + 1$はまちがいだ。$y = x + 50$が正解だよ』というかもしれない。 校長先生の方が偉いから、$y = x + 50$の方が正解かな?」

ノナ「違う……違います$\NONA$」

「そうだよね」

ユーリ「校長先生が言ったから正しいなんてことないよー」

「その通り。だから、理由を考えるのが大事なんだよ。何が正しいのかを判断するためにね」

ノナ「理由を考える$\NONA$」

「そこに、数学のおもしろさの一つがある。誰がなんと言おうとも、正しいものが正しい。 話す人がどれだけ偉いか、どれだけ年が上か、どれだけパパッと答えるか、どれだけ大声を出すか、 そんなことは、正しさとは無関係」

ユーリ「《ささやき声でも真理は真理》」

「そういうこと。ノナちゃんが正しいことを主張したとき、誰かが『それはまちがいだ!』と大声でノナちゃんを怒ったとする」

ノナ「やだ……嫌です$\NONAX$」

「誰が怒ろうとも、ノナちゃんの主張に正しい理由があるなら、 ノナちゃんは正しい。 年齢も性別も国籍も無関係。 誰がなんと言おうとも、正しいものが正しい。 それは、数学のおもしろさの一つなんだよ。 だから、難しそうに思えても、理由をていねいに考えようね」

ノナ「はい$\NONAEX$」

「僕たちは、考えるときにポリアの《問いかけ》をよく使う。たとえば《定義にかえれ》とかね」

ユーリ「てーぎにかえれ」

ノナ「ていぎに……かえれ$\NONA$」

「さっきのクイズには《$y = x$という数式で表される図形》が出てきたよね」

ノナ「これ……この直線$\NONA$」

数式$y = x$が表している直線

「そうだね。ところでこの直線という図形が$y = x$という数式で表されているっていうのは、どういうことだろう」

ノナ「わからない$\NONAX$」

「《先生役のノナちゃん》にお願いがあります。ノナちゃんの心の中にいる《生徒役のノナちゃん》に聞いてもらえませんか。 『図形が$y = x$という数式で表されているって、どういう意味ですか』って……」

ユーリ「おままごとみたい」

「いいから」

ノナ「$\NONAQ$」

また沈黙の時間だ。

表情は少し緊張しているように見えるけれど、 には、ノナが不安になっているようには見えない。

ノナ「$y$は座標です$\NONA$」

「そうだね」

ノナ「$x$も座標$\NONA$ この直線$y = x$のどこでも$y$と$x$が同じという意味$\NONAQ$」

「それでいいんだよ。特に『どういう意味?』と聞かれたときに、答えの最後を『……という意味』と結んだのはすばらしいね!」

ノナ「$\NONAHEART$」

「ノナちゃんの答えを補足するね」

ノナ「はい$\NONA$」

「補足することは二つあるよ。一つは《点》という言葉をぜひ使ってほしいということ」

ノナ「点$\NONAQ$」

「そう、点。図形を考えるとき《点の集まり》として考えることがよくある」

ノナ「点の……集まり$\NONA$」

「ノナちゃんは、《座標》という言葉を使って説明してくれた。それはとてもすごい。でもそのとき、ノナちゃんの心の中には点があったと思うんだ」

ユーリ「点、いっしょに描いたもんね!」

ノナ「見えない点も描ける……描けます$\NONA$」

「そうだったね(第242回参照)。平面は無数の点が集まってできている。 そして、平面上に描かれた図形も、無数の点が集まってできている。 僕たちは、いま図形を《点の集まり》として考えているんだ」

ノナ「待って$\NONAEX$」

ユーリ「ノナ、どしたん?」

ノナ「そう考えるルールですか$\NONAQ$ 《点の集まり》として考えなきゃだめ……だめですか$\NONAQ$」

「いや、図形をどんなふうに考えるかは自由だよ。ただ、僕たちがいまやっているのは、 図形のことを《点の集まり》として考える立場だというだけの話」

ユーリ「えー、そーかなー。図形を《点の集まり》以外にどー考えんの?」

ノナ「だって……流れたり、浮かんだりするもん。固まってるし$\NONA$」

は、 《流れたり、浮かんだり》というノナの表現に静かな感動を覚えた。

は何気なく「図形をどんなふうに考えるかは《自由》」といった。 そのときは、座標を使わずに初等幾何学のように図形を扱うイメージで話していた。 でも、そこでいう《自由》は、あくまで《数学的に表現される範囲での自由》を考えていた。無意識のうちに。

ノナは、違う。数学の枠に縛られずに図形を考えている。 には《流れたり、浮かんだり》というイメージはよくわからない。 《固まってる》も意味がわからない。 でもノナにとってそれは《点の集まり》として考える図形とは違うものなんだろう……

「ノナちゃんは、自分のイメージを大事にしていいんだよ。図形というものをどうイメージしても悪いことじゃない」

ノナ「まちがいじゃない$\NONAQ$」

「うん、まちがいじゃない。ノナちゃんの《流れたり、浮かんだり》も、《点の集まり》で表現できるかもしれないしね。 でも、それはそれとして、 いまここでは図形を《点の集まり》と見なそうとしている。 そう見なすなら、何が言えるのかを考えたいから」

ノナ「かいせき……かいせききかがく$\NONAQ$」

「おっと! そうそう! その通り。解析幾何学だね。その言葉が出てくるのはすごいな……」

ノナ「覚えました$\NONA$」

ユーリ「こないだ言ってたもんね(第242回参照)」

「それから、さっきのノナちゃんの答えをもう一つ補足したい」

ユーリ「ノナの答えって?」

「『この直線$y = x$のどこでも$y$と$x$の値が等しい』という答え」

ユーリ「んーと……合ってるよね」

「合ってるよ。でも、少し足りない。ノナちゃんは直線上に点があるときについては言ってくれた。 でも、直線上に点がないときの話はしていない」

ユーリ「ないとき?」

ノナ「ないとき$\NONAQ$」

「僕たちはいま、

  • 『図形が$y = x$という数式で表されている』というのはどういう意味か。
を考えていた。 図形を《点の集まり》として考えて、この平面上にある点を$(x,y)$で表したとする。 そのとき……

  • 点がこの図形の上にあるときには、$y = x$という式が成り立ち、
  • 点がこの図形の上にないときには、$y = x$という式が成り立たない。

……『図形が$y = x$という数式で表されている』というのは、そういう意味なんだ」

ノナ「ないとき$\NONA$」

「そう。点がこの図形の上にあるときには$y = x$が成り立っていて、図形の上にないときには$y = x$が成り立たない。 この両方を主張している。それが『図形が$y = x$という数式で表されている』ということの意味」

ユーリノナの二人はシンクロしてうなずいた。

そのようすから、ノナがしっかり話を理解しているらしいと判断した。

ノナに、変化はある。

時間を惜しまずに根気よく話し、 何を考えているかをていねいに表現してもらう。 表現してもらった中から良い要素をピックアップしてそれをほめ、 不足している部分は補う。

そうすれば、少しずつ変化はある。理解の変化は確かにあるのだ。

しかし、とてつもなく時間は掛かるけれど……

「さて、僕たちが考えていたのは、このクイズだった」

《クイズ2》(再再掲)

数式$y = x$が表している直線を、$1$だけ上に動かした直線は、 どうして、数式$y = x + 1$で表されるといえるのだろうか。

ユーリ「そーだった。忘れてたぜ!」

ノナ「わすれてたぜ$\NONA$」

「そこは、復唱しなくてもいいからね」

ノナと、ユーリと、そしては、同時に吹き出した。 三人いっしょに大笑い。

「ていねいに話し合ってきたから、僕たちは直線$y = x$が何かよくわかったよね。どんな点の集まりなのかわかった」

ユーリ「ふんふん」

ノナ「ふんふん$\NONA$」

「同じように考えると、直線$y = x + 1$というものもよくわかる。どんな点の集まりかわかる」

  • 点がこの図形の上にあるときには、$y = x + 1$という式が成り立ち、
  • 点がこの図形の上にないときには、$y = x + 1$という式が成り立たない。

ユーリ「そーだね」

ノナ「そうだね$\NONA$」

「そうすると、僕たちが考えなくちゃいけないのは、直線$y = x$を《$1$だけ上げる》ってどういう意味なんだろうか、ということ。 座標平面に描かれた図形を《$1$だけ上げる》ってどういう意味だろうか……はい、ノナちゃん」

ノナ「きれい……きれいです$\NONA$」

ユーリ「ノナ、ノナ。どーした?」

「《生徒役のノナちゃん》が『きれいです』と言ってるんですが、これはどういうことなんでしょうか。《先生役のノナちゃん》、教えてくださいな」

ノナ「点をぜんぶいっぺんに上げます$\NONAEX$ ぜんぶの点を《$1$だけ上げる》という意味$\NONAQ$」

「そうだね! その通り! ノナちゃんが言ってる《点》というのは、直線$y = x$上の点のことだね?」

ノナ「そう$\NONAEX$ ぜんぶジャンプ$\NONAEX$」

直線$y = x$上のすべての点を《$1$だけ上げる》

「これで完全に準備が整ったよ」

  • 直線$y = x$というのは、$y = x$を満たす点がすべて集まっている図形。
  • 直線$y = x + 1$というのは、$y = x + 1$を満たす点がすべて集まっている図形。
  • 図形を《$1$だけ上げる》というのは、その図形のすべての点の$y$座標を$1$増やして得られる図形を求めること。

「あとは、直線$y = x$のすべての点について、$1$だけ上げた図形が、確かに$y = x + 1$を満たしていることを確かめればいいんだ」

ユーリ「ほほー?」

ノナ「ほほう$\NONAQ$」

(第249回終わり。第250回へ続く$\NONA$)

ロングセラーの数学物語はどう生まれたのか。「数学ガール」著者の講演集。

ケイクス

この連載について

初回を読む
数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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banban7866 遂に本格的に「メタ認知」をやり出しましたね・・・.《生徒役のノナちゃん》と《先生役のノナち… https://t.co/t3fpTQdFKs 約19時間前 replyretweetfavorite

aco3love @u_1754 連載は最新話が1週間無料で読めますので、話の途中ではありますが試しに読んでみてはいかがでしょうか? 一応1話ずつでポイントとなる部分が変わっていくので、そこだけでも価値がある内容かなと思います。 https://t.co/yqO3tIpPtK 1日前 replyretweetfavorite

t_massugu 生徒がどう理解しているのか分からない、これは先生の多くが毎日そして一生悩みつづけてることだよなー。教える側に回ってもそのことを意識していない人もいるけど。 https://t.co/sp0fSV9lIy 3日前 replyretweetfavorite

spiegel_2007 > https://t.co/p4uFoBVd3d これ読んで昨年読んだ『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を思い出した。 https://t.co/QZHVvMTxus なるほど。ここから AI に繋がるのかw 3日前 replyretweetfavorite