「ベネフィット」を使いこなす
いくつかの例を用いて、「ベネフィット」の機能を見てみたい。
実例1
昼前に「そばがいいな」と同僚に提案したところ、「そばは昨日食ったばかりだか ら」と拒絶された。そのままでは自分の望む方向へ受け手を動かすことはできない。
そこで「あの店の隠れ名物は丼物。カツオの出汁が効いているらしいよ」と再提案 すると、受け手は「そば屋ならではの、出汁のうまい丼」にベネフィットを認めて、 送り手の望む方向へ動いた。
実例 2
就活生Aがある企業の面接で、やる気を示すために「ぜひ厳しく鍛えていただきた い」と伝えたところ、面接担当者は(鍛えて欲しいのはそっちの都合で、こっちは手 間もお金もかかるんだけどな)と採用の決め手にはならなかった。
つまり彼の言葉に担当者は「ベネフィット」を感じられなかった。
就活生Bが同じ企業の面接で、やる気を示すために「ぜひ厳しく鍛えていただきた い。そして早く一人前になり、仕事を通して育ててもらった恩返しをしたい」と伝えた。
担当者はその言葉に「ベネフィット」を感じ採用に傾いた。
実例 3
恋する女子Aは彼氏に手編みのセーターをプレゼントしたが、彼はあまり気に入った様子ではない。彼はそれを着ることにベネフィットを感じてはいないようだ。
そこで彼女は「エルメスに納品しているものと同じ紡績メーカーの毛糸を使った」 と伝えた。
それを聞いたブランド好きの彼氏は急に興味を持った。
恋する女子Bは彼氏に手編みのセーターをプレゼントしたが、彼はあまり気に入っ た様子ではない。彼はそれを着ることにベネフィットを感じてはいないようだ。
そこで彼女は「私の気持ちがたっぷりこめられているから、着なくていいからお守りがわりにそばに置いておいて」。
それを聞いた彼氏はそのセーターに「着るもの以上の」満足を感じている。
実例 4
ぼくの大学の講義に、受講生が300人くらいのものがある。 ある日、そのうち2〜3人の男子が帽子をかぶったまま授業を受けていた。ぼくが 帽子を取るように呼びかけるとその場では従うものの、次の週にはまた何人かが帽子 をかぶって受講している。
そこで「授業中に帽子をかぶっていてもぼくは構わない。別に人に迷惑はかからないし、その程度のことは自分で判断すればいい。ただ世の中にはこういう場で脱帽し ないことはマナー違反だと考える人がいる。たかが帽子くらいのことで、その程度の マナーも知らないヤツだと評価されるのは、とても損なことだと思う」と言ったら、 その週以降、帽子をかぶっている学生はいなくなった。
ぼくの提案に「マナーも知らないヤツだという低評価を避けられる」というベネフィットを感じたのだと思う。
食い違うベネフィット
受け手に思いを伝えるためには、受け手の言って欲しいことを言ってあげればよい。つまり、送り手の言葉に、受け手がベネフィットを感じればいいのだ。ところが、これですべてうまくいく、バンザーイ! というわけにはいかない。
このベネフィットってヤツは、実に一筋縄にはいかない。
「受け手がすべてを決める」以上、ベネフィットは「受け手の尺度で測った」もので なければならないということになる。その精度高い推定が伴って、初めてベネフィットとして機能するのだ。
少食の女性にとって「替え玉無料」はベネフィットにはならない。
ワークライフバランスを重んじる人にとって、「高収入」は必ずしもベネフィットにはならない。
体調の思わしくない時の「フルコースのディナー」は苦行でしかない。
ある人にとって「親切に世話を焼かれる」ことは、余計なおせっかいに過ぎないの かもしれない。
手編みの彼女にしても、そこにはベネフィットという概念はなかったとしても、自分のプレゼントは「彼にとっていいもの」と信じていたはずである。
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