“電書テロ”に打って出る漣野を心配する南雲は、一本の電話を掛ける

【第18回】
もう紙の本が出せなくなったと、弟に告白する南雲。背水の陣で執筆に向かうが、気がかりなのは“電書テロ”を目論む若き友人の漣野。南雲は漣野を救うため、一本の電話を掛けた。一方、枝折は電子書店員の有馬から、自分が手がけた小説がバズる要素を持っていなと指摘される。

文学少女が編集者として一人立ちしていく姿を追いながら変貌する出版界の明日を占うお仕事小説。

◆画家と弟


 一階の店は電気が落とされていた。弟は客席の灯りをつけ、南雲(なぐも)を促した。

「さあ、話してもらうぞ」

 席に着いたあと弟は厳しい声で言う。やはり話さなければならないか。南雲は観念して、どこから伝えるべきか考える。

「実は今後、紙の本が出なくなる。最後に取り引きしていた出版社から、そう宣告された」

 呆れられるかもしれない。価値のない人間と蔑まれるかもしれない。やはり兄貴には才能がなかったんだよ。そうした罵倒が飛んできてもおかしくない。弟はどう反応するか。南雲は手に汗を搔きながら様子を窺う。

「紙の本が出なくなるって、どういうことなんだ。本って紙でできているんじゃねえのか」

 南雲は、全身の力が抜けそうになる。そこからか。弟にとって、紙以外の本があるということは、すぐに思いつかないことなのか。南雲は、出版社から切られた経緯と、電子書籍専売の話をする。

「電子書籍か。読んだことがなかったから、すぐに名前が出てこなかったよ。それはどこで売ってんだ」

「アマゾンなどの通販サイトで売っているし、電子書籍専売の書店もある」

「東京とかに、そういう店があるのか」

「いや、ネット上だ」

 普通の人にとって、電子書籍はそれほど遠い存在なのかと思い知る。

「それで、それはどれぐらい売れるんだ」

「紙の本ほどは売れない。紙の本が十出るところで、電子の本は一ぐらいしか出ないそうだ」

「つまり収入が大きく減るわけか」

「そうだ」

 南雲は声を小さくしながら言う。

「なるほどな。出版社にお払い箱にされたということか」

「ああ」

「無職になってしまったわけだな」

「そういうことになる」

「で、これからどうするつもりなんだ」

 弟は高圧的に聞いてくる。南雲は答えに窮する。この家での二人のバランスが大きく崩れたのが分かる。たとえ収入が少なくても、南雲は弟が目指していた小説家になった。その一点で弟は、兄が定職に就かないことを黙認していた。

 無言のまま重い時間が流れる。その沈黙を弟が破る。

「兄貴は自分勝手だよ」

 弟の言葉に顔を上げてにらむ。

「俺がやりたかったことに興味のない振りをして、ある日いきなり自分のものにする。俺に家業を継がせて、気ままに暮らす。道楽者の兄を持った弟は大変だよ。苦労だけを背負い込むことになる」

 返す言葉もなかった。弟の言うとおりだった。南雲は謝罪の言葉を口にしようとする。しかし、それよりも早く弟が声を出した。

「兄貴は俺を踏み台にして跳躍した。そうやって跳んだ者には義務が発生する」

 どういうことだ。南雲は弟を見る。

「気楽に諦めんなよ。勝手に負けて帰ってくんなよ。てめえが敗北を受け入れるってことは、俺の人生も否定しているんだよ。
 出版社とは喧嘩をしたのか。してねえんだろ。俺と殴り合った時みたいに戦ったのか。尻尾を巻いて逃げてきたんだろう。喧嘩しろよ。いや、喧嘩じゃ飽き足らねえ。戦争をしろよ。世の中をあっと言わせるような勝負をしてみろよ」

 少年時代の弟が目の前にいた。口で終わらず拳が出ていた頃の弟だ。

「俺はな、兄貴の本が出てからずっと、テオになった気でいたんだよ」

「テオとはなんだ」

「テオドルス・ファン・ゴッホ—。フィンセント・ファン・ゴッホの弟だよ」

 南雲は驚いて弟を見る。テオとは、画家の兄を支え続けた弟のことか。弟は、自らをテオになぞらえていたのか。

「いいか、来年の四月まで待ってやる。それまでに小説家として戦い続ける道筋を立てろ。勝負できる作品も書け。もしそれができねえようなら、この家から叩き出す。兄貴の部屋を潰して、物置にする」

「おい、この家と土地は、俺も権利を持っているんだぞ」

「関係ねえよ。文章ばかり書いていた兄貴と違い、こっちは肉体労働をしてんだ。殴り合いなら俺の方が圧倒的に上だ。拳で決着をつけて、放り出してやるよ」

 弟の目は本気だ。

「随分と乱暴なテオだな」

「今は拳よりも包丁の扱いの方が得意だがな」

 殴り合いでは済まないということか。

「兄貴は出版社に無能の烙印を押された。それをそのまま受け入れるのか? 自分は無能だと認めるのか?」

 嘲るように弟が言う。頭に血がのぼり弟をにらむ。

「分かった、四月までだな。やってやる。あとで吠え面を搔くなよ」

「ああ、やれるならな」

 南雲は弟とにらみ合ったあと立ち上がる。そして自分の部屋へと戻って行った。


 自室で電気を消し、月光を浴びながら考える。売り言葉に買い言葉で言ったはよいが、どうしたものかと頭を抱える。

 今のままでは、ただの無職だ。どれだけ必死になって原稿を書いても、出る部数はたかがしれている。弟に認められることはないだろう。

 しばらく悩んでいると、漣野(れんの)のことが頭に浮かんだ。

 漣野は電書テロリストの道を歩み始めた。彼のことが気になる。自分のことよりも他人のことを心配するのは、編集者をしていた性分なのだろう。自分は友のために、なにができるか。それが、テロリストとしての参戦でないことだけは確かだ。

 他人を傷つけながら、自己の意思を通そうとする行為。そうした人間は、目立つことはできるが信用されることはない。もっと正面から、人々の賛同を得られる形で戦わなければならない。

 漣野を助ける方法はないか。

 南雲は月を見上げて腕を組む。自分の人生を振り返る。南雲はこれまで大中小と三つの出版社を経験した。小説家になった時、少しばかり休みを取ってもよいと考えた。

 漣野を救い、自分の苦境も解決する。そうした一石二鳥のアイデアが心に浮かぶ。

 しかし、それは思いつきのレベルでしかない。アイデアを形にするには、知識と経験が必要だ。詳しい人間に教えを請う。漣野に話を聞いた時と同じだ。

 二十年以上前に出会った知人。長らく疎遠になっていたが、年賀状で近況は知っている。棚を調べて今年の年賀状を探す。電話番号を見つけて、スマートフォンに入力する。

「久し振りです、南雲です。相談に乗って欲しいことがあるんです」

 自分の考えを実現するために、なにから始めればよいのか。南雲は古い知人に、直接会って話を聞きたいと伝えた。


◆ネガティブ・スパイラル

 十月下旬になった。月の後半ということで、電子書店との定例会が続いている。そして今日は、天敵の有馬(ありま)と会う予定になっている。

 会社の本館四階。枝折(しおり)は、電子書籍編集部の部屋を出て、階段へと向かう。

「はあああ」

 階段を下りながら、思わずため息が出た。二日前に、BNB専売の小説が、ようやく二本届いたので有馬に送った。まだ校正をしていないものだが、なにも進んでいないと文句を言われないために共有したのだ。

 —いただいた原稿には、いくつかの大きな問題があります。その件について、明日の定例会では話をしたいと思います。

 昨日届いたメールだ。有馬からの返信に、枝折は胃の辺りが重くなった。
 いったいどんな苦情を言われるのか。顔を合わせる前から、憂鬱な気分になる。

 一階にたどり着き、受付に向かう。眼鏡アルパカといった風情の有馬が、新刊書籍の棚の前に立っていた。

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#電書ハック

柳井政和

小説が好きで出版社に就職した春日枝折だったが、配属されたのは電子書籍編集部。 紙の本から戦力外通告を受けた老作家、ネット民には刺さる準引きこもり作家、紙の本には目もくれないデジタル電子書店員たちとの出会いに戸惑う枝折。 やがて作家たち...もっと読む

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