電子発のヒットなんて、ピラミッドを逆さにして立てるようなもの!?

【第14回】
電子書籍編集部で奮闘する枝折だが、紙の本への未練が捨て切れず冴えない日々。大学の同期の弥生はネットニュースの記者として着々と実績を積み上げている。電子書籍の売り上げは紙の本の一割以下。電子発のヒット作など夢のまた夢に思えてならないのだが……。

文学少女が編集者として一人立ちしていく姿を追いながら変貌する出版界の明日を占うお仕事小説。

■四 炎のドン・キホーテ


◆エンプティ・ブック

 八月最初の金曜日。会社が終わり、枝折(しおり)は部屋に戻ってきた。

 学生の時のアパートにそのまま住んでいるために、壁は薄く冷房の効きは悪い。自分で給料を稼ぐようになったのだから、もう少しきちんとした場所に移った方がよい。そう思いながらも、大学生活で慣れた便利さに引きずられて、そのまま居続けている。

 枝折は、文机の上でノートパソコンを広げる。会社のものは、重くて持ち歩くのが不便だったので軽いものを買った。購入した時、とうとう自分も電子書籍編集部の色に染まり始めたなと、ため息を吐いた。

 ウェブブラウザを開き、ネット巡回を始める。遊んでいるようだが、これも仕事の一環だ。ニュースをチェックして、ツイッターのトレンドを確かめる。事件や訃報、SNSでなにがバズっているかも追う。そして自社の本に繫がる情報があれば、企画をまとめて電子書店の担当者にメールを送る。

 タイミングは深夜でも早朝でも構わない。すぐに担当者が見なくても、翌日の朝には確認される。そして、いけると思えば読者に情報を流したり、特集ページを作ったりしてくれる。

 仕事のスピード感が、紙の本とはまるで違う。書籍というよりは雑誌に近い。それも週刊ではなく日刊だ。リアルな書店ならば、同じ速度で棚を作ることはできないが、電子書店ならば対応してくれる。実体のないデータを扱うからこそのテンポだった。

「これは確か……」

 枝折はニュースの一つに注目する。

 最近経営を多角化しているIT企業が、上場準備をしているようだ。その会社の名前で商品を検索する。社長のインタビューをまとめた本が過去に出ていた。すぐに売り込む企画を書いてメールで送る。

 もう遅い時間だから反応があるのは明日以降だろう。そう思っていると返信が届いた。

 —その情報は既に捕捉しています。自動アルゴリズムが、顧客へのプッシュ通知をおこなっています。

 BNBの有馬(ありま)からだ。

「あー、もう、腹が立つなあ」

 目の前にいない有馬に対して、ジャブ、ジャブ、ストレートとパンチを食らわせる。

 BNB専売の件があるため、電子書店の担当の中では、有馬と最もやり取りをしている。そして、様々な議論をねちっこく吹っかけられている。そのせいで正気から狂気に、枝折の精神のメーターは傾きっぱなしだ。

「はー、せいやっ!」

 気合いを入れて、ノートパソコンを終了する。有馬のメールも視界から消えた。

「よっしゃあっ!」

 有馬を葬った気分になり、枝折は精神の安寧を取り戻す。

「さーて、そろそろ行くかな」

 腰を上げ、ノートパソコンを本棚の隙間にしまう。

 棚の前に立った枝折は、自分の蔵書をながめる。就職以来、ほとんど増えていない。自由な時間が減ったこともあるのだが、仕事のためということで、スマートフォンの電子書籍アプリを利用しているからだ。

 時代は変わりつつある。人々は紙の本を読まなくなってきている。こうした紙の本に囲まれた部屋は、過去の景色になるのかもしれない。

 それでも本当に自分は、紙の本の部署に行きたいのか。

 本棚から文庫本を一冊抜く。古本屋で買った二十年前の小説。先日、同じ本を買ってきて、電子化するために裁断した。スキャナーで取り込むために、背表紙を落として、ばらばらにした。

 自分の身を切り刻んだようだった。新しい文化が生まれる時、古い文化を愛する者は、激しい心の痛みを感じるのかもしれない。しかし、新しい形態に移ることで、その生を長らえる文学もある。

 本棚には、大学時代に学んだ古典文学の本も多い。様々な出版社が出している古典の文庫。有名どころでは古今和歌集や新古今和歌集もある。源氏物語や平家物語もある。それらは当時とは形を変えて、今でも読み継がれている。

 枝折は名残惜しい気持ちを抱えながら、鞄を手に取る。扉を閉める時、部屋の奥にある枕簞笥を見た。

「栞、あまり使わなくなったな」

 枝折は鍵をかけ、弥生と会うために信州に向かった。

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#電書ハック

柳井政和

小説が好きで出版社に就職した春日枝折だったが、配属されたのは電子書籍編集部。 紙の本から戦力外通告を受けた老作家、ネット民には刺さる準引きこもり作家、紙の本には目もくれないデジタル電子書店員たちとの出会いに戸惑う枝折。 やがて作家たち...もっと読む

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ruten cakes『#電書ハック』第14話本日公開。 約2ヶ月前 replyretweetfavorite