2014年ワールドカップで
ブラジル行きを考えている人へ
コンフェデレーションズカップ決勝のブラジル対スペインは、3-0で地元ブラジルが3連覇を果たした。
決勝の内容を振り返る前に、今回のブラジルの旅でわかったことを整理しておきたいと思う。今はブラジルから日本への30時間を越える移動の最中に、この原稿を書いているが、ブラジルでの滞在はいろいろ大変だった。
まず、英語がまったく通じない。ホテルのフロントでさえ通じない。みんな当たり前のように僕に対してポルトガル語でマイペースに話をするが、英語で返すと数字すらも通じない。来年のワールドカップでブラジル行きを考えている人は、ある程度のポルトガル語を覚えるか、あるいはスマートフォンの翻訳や辞書を使いこなしたほうがいいだろう。僕はその辺りの電脳テクにあまり強くないので、大変だった。
ひとつ面白いのは、ホテルのフロントでさえ英語をまったく話さないのに、コンフェデ杯のスタジアム周りに行くと、たくさんのブラジル人が英語で話しかけてくること。
貧富の差が大きいブラジルならではというべきか、コンフェデ杯のチケットが買えるような観客は、普段から高水準の教育を受けている富裕層なのだろう。このあたり、日本のような横並びの教育を受けて育つ社会とは、まったく違う構図がブラジルには存在する。
ブラジル人は基本的に仕事熱心で、真面目な人が多い。これもサンバを踊るブラジル人というステレオタイプなイメージを持って訪れると、意外に感じるかもしれない。都会のファーストフードなどではダラッとした店員も多いが、全体的に見るとブラジル人は仕事に対して生真面目だ。
むしろ問題が山積みなのは、個人よりもシステムのほう。コンフェデ杯の抽選会でブラジルを訪れたとき、ザッケローニ監督はブラジル国内を飛行機で移動した。監督が持っていたチケットの座席番号は30番代。そして機内を奥に進み、席を探していると、25,26,27,28,29……。なんとビックリ。最後部の座席が29番で終わっているのだ。
そのときは別に空席もあったので周囲が笑いに包まれたそうだが、これがワールドカップの混雑の中で起こると想像したら、ちょっと笑えない。
もう一つ厄介なシステムは、ブラジルの飛行機がダイレクトに目的地に行かず、しばしば途中降機をすることだ。たとえばリオデジャネイロからフォルタレーザに飛ぼうとするとき、飛行機がリオデジャネイロ⇒サンパウロ⇒フォルタレーザといった具合に、途中にサンパウロに一度降りて、乗客の乗り換えをしてから、再び飛び立つことがある。
まさかの各駅停車の飛行機!?
僕も20カ国以上をサッカーの取材で回ってきたが、こんなシステムは初めて見た。しかも驚いたことに、購入したリオデジャネイロ⇒フォルタレーザと書かれたチケットには、途中降機すること、さらにサンパウロの都市名が一切書かれていない。このシステムの未成熟さは……もう、何から何まで驚愕だ。
なにせ、ザッケローニ監督でさえも、スペイン対イタリアが行われるフォルタレーザに向かうとき、途中降機したテレシナという都市でフォルタレーザに着いたと勘違いして、飛行機を降りようとしたくらいなのだから。
その様子を見つけた代表スタッフがあわてて止めに行き、事なきを得たが、あやうくザッケローニ監督の視察がカラ出張になるところだった。
もし、来年ブラジルに行かれる方がいれば、こんなトラブルも含めて楽しむ気持ちを備えたほうがいいだろう。個人は仕事熱心なので、システムトラブルに対しても心の余裕を持てれば、楽しめるはず……。
なぜ、ブラジルのプレスは
落ちなかったのか?
さて。決勝のブラジル対スペインに話を移そう。
語るべき点は無数にあるが、ここではあえて一つの論点に絞って話を進めたい。それは「なぜ、ブラジルのプレスの強度が落ちなかったのか?」というテーマだ。
キックオフ直後から、ものすごいテンションでスペインに襲いかかったブラジル。ゴールを奪い取り、その後もペースが落ちない。きっとみなさん、こう思ったのではないだろうか。
「こんなプレスは試合終了までもたないだろう。
ブラジルの動きが落ちたときが、スペインのチャンスだ」
ところが実際にはブラジルは最後までスペインを0点に抑え、ディフェンスは破綻しなかった。ここにはいくつかの理由がある。
1つは言うまでもなく、コンディションだ。イタリアとの120分の試合を終え、さらに移動を含めた中2日で試合に臨んだスペインはまともな体調ではなかった。2つ目は会場の雰囲気。すさまじい8万人の熱気によってブラジルのモチベーションは限界にまで高まり、逆にスペインはそれに押されたのか、試合開始直後は普段ではあり得ないようなイージーミスが目立った。
3つ目はブラジルが先制ゴールを奪ったこと。スペインは非常に失点が少ないチームで、南アフリカワールドカップでは大会を通して2失点、2012年欧州選手権では全部で1失点。基本的に『相手を追う展開』に慣れていない。慣れていない、という言い方は抽象的かもしれないが、要はそのための戦術、その完成度を高める機会がこれまでに少なかったということだ。
4つ目はブラジルにとって理想的な試合展開になったこと。厳密に言えば、僕はブラジルのプレスが「落ちなかった」とは思っていない。たとえば前半23分、ダニエウ・アウベスがジョルディ・アルバにファールを犯した場面、スペインの素早いリスタートに対してブラジルはあまり選手がディフェンス反応していない。このようなブラジルが崩れかける兆候は、試合中にちらほらとあった。
そして前半40分、スペインはブスケツのインターセプトからカウンター。F・トーレス、マタを経由して逆サイドのペドロが1対1を迎える。しかし、このシュートはダビド・ルイスがスライディングでゴールバーの上へかき出した。ブラジルは辛うじて崩れなかった。逆にその直後、ネイマールが追加点を挙げている。
このようなスコア展開は、すべてブラジルに味方した。試合開始直後のゴール、ダビド・ルイスのクリア、カウンターからネイマールの追加点。そしてスペインはセルヒオ・ラモスのPK失敗、ピケの退場。10人対11人になればブラジルのボールポゼッションは確実に高まり、休憩することができる。
もし、0-0のまま試合が進めば、ブラジルのプレスは確実に落ちたはずだ。しかし、そうなる前に試合を『決め切ったこと』。そして、同点ゴールのチャンスを決めさせずに『守り切ったこと』。両方のゴール前での決定力がブラジルを楽にした。ネイマールは試合後に、「正直ここまでうまくいくとは思わなかった」と述べたが、それは素直な気持ちだと思う。そういう理想的なスコア展開に運ぶことができたのが、ブラジルのプレス強度が落ちなかった理由の一つだ。
さて。
何を清水は当たり前のことをズラズラと並べてるんだ、と思った方もいるかもしれない。そう、ここまではごく当たり前の話。次に述べる5つ目の理由こそ、ブラジルとスペイン、両チームの最大の特徴を表しているのではないかと思っている。
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