価格競争もジレンマに陥りやすい
思考実験8「囚人のジレンマ」のようなジレンマは、ビジネスシーンでもしばしば見受けられるでしょう。
たとえば、A社とB社が似たような製品を同時に開発していたとします。お互いにそれに気がついた頃には、製品開発にかけた期間も費用も大きなものになっていました。しかし、需要の面を考えると、双方が参入する規模はありません。つまり、A社とB社双方が参入すると、2社とも赤字になる可能性が高いのです。
A社の社員の心のうちを、「囚人のジレンマ」にならって整理してみたのが次の表です。
A社の社員は考えます。
「もし、我々が発売を見送れば、B社の1人勝ちになる。それは避けたい。だからと言って2社が争って利益の出る市場ではない。そうなると、B社が発売しないで我々にまかせてもらうのが一番だ。しかし、相手もそう考えているだろう」
こうなると、双方とも、自社の製品のほうが優れていることを信じて市場に投入するという結論を出す可能性が高いでしょう。それとも「共同でやりましょう」という話になるのかもしれません。
価格競争も、同業者を悩ませる重要な課題です。たとえばこんなケースも考えられるでしょう。
A社とB社が同じようなサービスを始めようとしていて、両者の設定したい価格は2000円。もし、1000円になれば利益は確保できません。ライバルの動向が気になりますが、いったいいくらに設定すればよいのでしょうか。
A社がもし2000円に設定をすれば、おそらくB社に負けてしまうでしょう。しかし、だからといって1000円に近い価格にしたならば、利益が出ず苦しいだけです。そして、A社とB社の探り合いの結果、ほぼ同額に落ち着くのではないでしょうか。
携帯電話の利用料金を比較していると、ほぼ横一線で、なかなか価格が下がらない時期があります。これは、どこかが値を下げると他社も下げてきて、また横一線で並ぶだけとわかっているため、どの会社も値下げをしないということなのでは、と筆者は見ています。
また、価格競争というと牛丼チェーンを思い浮かべる方も多いでしょう。
牛丼は価格競争で驚くほど安価になりました。これを、最初の頃こそみんな喜んでいましたが、競争が激化し、300円を切るほどまでになった頃には、「価格より味を」「価格より質を」という声もだんだんと大きくなってきました。
価格を下げると利益が出ず苦しい、しかし下げないと客を奪われてしまうから下げる、という風潮が強くなりすぎると、消費者側の不安も大きくなるようです。
社会には「囚人のジレンマ」を思わせる状態が多々存在し、それが経営の判断をいっそう難しいものにします。そんなとき、論理的に考えることはもちろん大切ですが、そのうえで、「囚人のジレンマ」のように「論理的に考え抜いても最適解にたどり着けない場合もある」ということを知っておくと、柔軟な判断ができるはずです。
ここでもう1つ、ビジネスに関わるジレンマをご紹介します。
アメリカの生物学者であるギャレット・ハーディンは、1968年の論文で「コモンズの悲劇」を発表しました。「コモンズ」とは共有地の意味です。
思考実験9 コモンズの悲劇
ある村では住民のほとんどが漁業に従事しています。この村は最近徐々に人が増えており、活気に満ち、発展の兆しがありました。しかし、村長は浮かない顔をしています。
「どうしたんですか。村長」
村人の1人が、難しい顔で漁船を見つめる村長に話しかけました。
「去年より漁船が増えているな」
「そうですね! この村がいい村という証拠ですよ。人が集まっているのです」
「去年のいま頃も同じような会話をした。この村は年々漁船が増えている」
別の村人はこんな話をしました。
「最近、魚も貝も海藻も取り合いですからね。私のところなんて、チームで漁船の数を増やして対応しているんですよ。今年もまた2隻増やす予定です」
村長はこんなことを考えていました。
「資源はかぎられている。
だから、みんなで協力して枯渇させないようにしなければいけないのに、こうして取り合いになってしまう。自分が取らない分はほかの人に取られてしまうのだから、自粛するわけがない……。
しかし、このままではそのうち資源が枯渇して、みんなが困ることになる。だからといって他人に取られるくらいならと、自分で取ってしまう……」
村長の悩みはどのようにすれば解決できるでしょうか。