プロポーズされるやいなや、占いに頼る女性たち

小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。今回のテーマは「占い」です。森さんは以前、占い師のアシスタントを務めていたのだそう。様々な悩みを抱えたお客さんが訪れるなか、「彼と結婚してもいいでしょうか」と悩む女性に対して、森さんは腑に落ちないものを感じていたそうです。

今から10年以上前、私は執筆業の傍ら占い師のアシスタントを務めていた。都内某所で事務所を構える男性占い師(以下X)に師事し、アポイントメントを取るなどの事務処理の他、簡単な接客、パワーストーンのアクセサリー制作などを行っていたのだ。霊が出るという噂の家を除霊するため、お供としてくっついて行ったこともある。私は写真撮影に挑んだのだが、後日現像してみたら、確かに写したはずの写真が、まるで白い絵の具で乱暴に塗りつぶすように不自然に消えていた。霊の仕業だろうか。

私は彼を信じた

Xには、観えないはずのものが観える力があった。私には観えないので証拠を示せないのが残念だけれど、感覚的に「ああ、観えているんだな」というのはわかった。玉石混合の占い師業界で、私はXを信じた。信じなければ師事できないし、偽物と認識しながら手伝い、お金をいただいたら私も詐欺に加担したことになる。

観えないものに説得力を与えるには、道具を使うのが手っ取り早い。という理由でXがタロット占いをメインにしていたかどうかは定かではないが、パフォーマンスとしてわかりやすい。顧客のほうも、タロットカード自体に意味があるしイラストも描かれているので、ニュアンスも伝わりやすく腑に落ちるのではないか。ともかくXは評判が良く、引く手数多だった。

占いの定番といえば恋愛相談である。顧客は女性が大半だったが、その9割の相談事がそれだった。「出会いはありますか?」「今、付き合っている人と結婚できますか?」「A夫とB太とC郎、結婚するなら誰がいいですか?」「別れた彼と復縁できますか?」等々、毎日毎日、私は耳をそばだてて……、いや、そばだてずとも聞こえてくるのだ。なんせ事務所はワンルームマンション、ついたての向こうで鑑定している状況だ。勿論、秘密は厳守である。

当時、私は独身で彼もいなかった。連日容赦なくおそってくる恋愛相談のシャワーに私も辟易していたが、どうにも腑に落ちなかったのが「彼と結婚してもいいでしょうか」という悩みだ。本当にその人と結婚したければ悩む暇なんてないだろうし、もしXが「結婚すべきだ!」と促し、結婚してからDVや多額の借金が判明したらXを恨むのだろうか。あるいは「結婚しないほうがいい!」と否定されたら、「そうですか、そうですよね」と引き下がるのか。

そもそも心の底からその人と結婚したいのなら、Xやその他占い師の門など叩かないだろうよ、と私は高を括っていた。悩む隙など与えないほど、彼への愛で心はぱんぱんに満たされているはずだ。だって「結婚してもいいでしょうか」と他人にこたえをゆだねるなんて、彼または結婚に対して迷いがある証ではないか。愛する人や結婚に迷うなんて、とんでもなく贅沢な悩みだ、この野郎、と正直私は憤慨していたのである。

人生にはいくつもの岐路がある

とはいえ私は占いが嫌いではない。むしろ好きなほうだ。タロットカードも持っているし、女性誌の占いコーナーにも欠かさず目をとおす。人には、家族でも友人でも尊敬する知人やメンターでもない、まったく面識のない第三者にアドバイスを求めたい時がある。

なぜなら、家族や友人など、少しでも己を知られている人には、その人の中にその人が作り上げた“私”像が入ってしまっているからだ。アドバイスを求めても、どうしてもその人の主観が入ってしまうし、こちら側としてもこちら側の中にいる“その人”像が邪魔をして、素直に頷けない。「ああ、この人は私に気を使って言葉を選んでくれている。これはこの人の本心ではないかもしれない」という、偏った見方をしてしまいがちだ。

人生にはいくつもの岐路がある。たとえば、かの有名なRPG『ドラゴンクエストⅤ~天空の花嫁~』では、冒険の途中でふたりの花嫁候補からひとりを選択しなければならない。ちなみに主人公は、幼なじみ(花嫁第1候補)と結婚の約束をしている。その約束を果たすため、試練の道中で大富豪の娘(花嫁第2候補)と出会い、結婚を打診されるのだ。ここで悩む主人公に「ていうか、口約束とはいえ結婚の約束した女を待たせておく間に、別の女と結婚だと? しかも金持ちかよ!」と腹を立てるのは女性プレイヤーが大多数で、男性プレイヤーは私が知る上でほぼ全員が「何日も、身悶えするくらい真剣に悩んだ」という。
※DS版では第3花嫁候補もいる。男性プレイヤーは七転八倒するほど悩んだのだろうか。

話が横道にそれてしまったが、女性が占い師に結婚を決めてもらうのと男性がRPGで花嫁選びに悩むのは、同じレベルかなと思ったのだ。とにかく、私達の人生はRPGではないので、岐路に立ったらすみやかに道を決め、まっとうするしかない。失敗か成功かなんて予測できないから、少しでも予測できる人に頼りたくなるのが人の世の常だ。

付き合っている相手への侮辱では?

そんなわけで、「彼と結婚してもいいでしょうか」問題である。私の経験上、Xに占ってもらい、ダメ出しされたのちに結婚を辞めた人が大半だった。Xもまさか「ダメ、絶対!」という言い方はしない。人生の舵取りはその人がするべきだし、どんなに当たる占い師でも人の行く末を100%予言できないだろう。Xは、「苦労しますよ」だの「あなたの個性が彼によって削がれるかも」だの、否定するというよりはデメリットを説いていく。

Xの言葉を噛み砕いた上での解答が「結婚しない」だ。迷って悩んで相談に来ること自体が、結婚を前提として付き合っている彼への侮辱だと、その頃の私は思っていた。プロポーズされて一瞬でも躊躇したら、Xやその他占い師の元へ走る前に、今、躊躇した正直な気持ちを彼に言うべきではないのか。場を繕うように「……はい」なんて、恥じらうふりして頭の中で計算しまくっているなんて、結婚に対しても失礼じゃなかろうか。

「僕と結婚してください」

「はいッ」

 寸分も臆せず、彼の胸に飛び込むくらいの気概がなければ、結婚してはいけない。そうでなければ、この先長い結婚生活など送れるはずがない。

 と、信じていた私自身が、やがて付き合った彼(現夫)にプロポーズされてからすぐにXの元へ走った。ダイヤモンドよりも固かったはずの信念は、あっけなく壊れた。だって結婚だよ、日常ががらりと変わる出来事だよ。一瞬でも躊躇せずに「はいッ」なんて言えないよね。

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アラフィフ作家の迷走性活

森美樹

小説家の森美樹さんは、取材や趣味の場で、性のプロフェッショナルや性への探究心が強い方からさまざまな話を聞くのだそう。森さん自身も20代の頃から性的な縁に事欠かない人生でした。47歳の今、自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する...もっと読む

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