早いもので今年もあと4日。7月から始まったこの連載も、打ち切られることなく年を越せることになった。ありがたい。
さて、今年最後の小屋ガール通信。ここはぜひ、年末ムードにぴったりの楽しい話をお届けしたい。
……とアイデアを練っていたところ、なぜか「山小屋の面白いおじさん列伝」になってしまった。2018年をこんな話で締めくくってしまっていいのか。
ともあれ、今回は私が23歳の新人のときに出会ったおじさんスタッフたちの話。
テンパるとキレてしまうおじさん
大江さん(仮名)は当時40代前半。はんなりとした京都弁を話す、優しい人だ。
大江さんの接客は、口調が大げさというか、どこか芝居がかっている。「お客様~、こちらでごさいますぅ~」という感じで、素朴な接客をする山小屋スタッフの中では異質だった。
私も含めてみんな、よく大江さんのモノマネをしていた。陰でやるのではなく、本人の前で堂々とやる。大江さんはモノマネされても怒ることなく、「え~、俺、そんなんかな~?」とニコニコ。菩薩のような穏やかさだ。
そんな大江さんだけど、慌てると突然キレる。テンパるとそれまでの笑顔が一転、別人格が現れたかのようにカッと目を見開いて怒鳴るのだ。
ふつうなら、そんな人は怖い。だけど、大江さんは元の顔立ちが優しげ(俳優の温水洋一さんに似ている)なので、キレてもあまり怖くない。むしろ、普段とのギャップが面白くてつい笑ってしまう。
みんなも同じらしい。大江さんがキレると一応は神妙にするものの、誰からともなく「ぷっ……クスクス」と吹き出してしまい、最終的にはキレている大江さんの前で大爆笑という不謹慎な事態になる(すみません)。
あるとき、気分の悪くなったお客様が食堂で嘔吐してしまった。大江さんが嘔吐のあとを片付けようとしていると、他のお客様が素手でそれを手伝おうとした。
素手で吐しゃ物を片付けるのはご法度。もしもノロウイルスとかだったら感染してしまう。「自分がやるので結構ですよ」とやんわり断るのがふつうだ。
だけど、慌てた大江さんはなぜか「お客さまーッ! ダメです、ダメです、結構です!!」と地団駄を踏んで絶叫。
いやいやいや、何もそんなテンションで叫ばなくても……!
スタッフが善意で手伝おうとしてくれたお客様を怒鳴りつけるなんて、言語道断だ。本来なら誰かが大江さんを注意するべき場面だろう。
だけど、あまりの剣幕にその場にいた全員(怒鳴られたお客様すら)がポカンとしてしまい、一瞬の静寂の後、笑い出す人が続出したらしい。
実は、私はその現場を見ていない。あとで友達から聞いたのだ。山小屋ではちょっとした出来事が一瞬で拡散されてしまう。
そのうち、誰かが「ダメです、ダメです」のところで手をバツ印にして、「結構です!」でおそ松くんのイヤミのようなポーズをするジェスチャーを考案。一発ギャグとして大流行した。
さて、大江さんはその数年後に山小屋を辞めた。
私たちが結婚したとき、友人が高級ホテルの宿泊券をくれたのでふたりで行ったら、なんと大江さんが働いていた。
久しぶりに再会した大江さんは、相変わらずニコニコしていて優しかった。
どうか、高級ホテルではお客様にキレていませんように。
自由すぎる60代の大型新人
馬場さん(仮名)は、メガバンクを定年退職後に山小屋に来た60代。
本来なら60代は採用しないのだけど、もともと常連さんだったこともあり、あまりの熱意に根負けして採用したらしい。
馬場さんはロマンスグレーで貫禄があり、「アッハッハ」と豪快に笑う。いかにもお偉いさんといった雰囲気の人だ。実際、役職はわからないけど銀行ではかなり地位のある方だったらしい。
気さくないい人なのだけど、どうにもマイペースだ。気づいたら姿が見えなくなっている。外にいるお客様に「あの山はですね……」などと話しかけに行ってしまうのだ。
暇なときはそれでもいいけど、忙しいときはちょっと困る。だけど、40歳も年上なので言いづらい。支配人(当時30代前半)さえも苦笑いで黙認していた。
しかしひとりだけ、馬場さんの自由な振る舞いを許さないスタッフがいた。1年先輩のミカちゃん(19歳)だ。
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