あなたの秘めた優先順位が露呈する究極の思考実験(前編)

変化の著しい昨今、ごく普通のビジネスマンも前例のない難しい状況での決断を迫られがちです。正解なき問題にいかに立ち向かうか。その判断力を養うのに最適なのが、あのサンデル教授の「ハーバード白熱教室」で話題になった「思考実験」です。ビジネスシーンでの思考実験が好評の新刊『生き残れるビジネスマンになる21の思考実験』から、年末年始緊急転載。1回目は、もっとも有名な「トロッコ問題」を考えてみましょう。

これからは記憶力バカじゃ役立たない

「太陽は地球の周りをまわっているでしょうか?」と聞かれて、「そうです」と答える人はいないでしょう。もちろん、地球が太陽の周りをまわっているというのが「正解」です。

 しかし、600年前に遡ってこの質問をしたら、世の中の「正解」は異なっていたでしょう。当たり前の「正解」を疑う人、そしてその疑いを証明する人、発表する人がいて、いまの真実が導き出されてきました。

 与えられた「正解」を記憶してただそれを披露できるだけでは、新たな発見を導くことはきっと難しいでしょう。それは、地動説のような大きな発見でなくても同様です。

 ビジネス上の発見だって、疑うこと、考えること、仮説を立てること、発想すること、そういった思考によって生み出されているはずです。たとえば、携帯電話に通話以上のことを求めなかったとしたら、そんな発想がなかったとしたら、いまのスマートフォンは存在していないでしょう。

 もし、疑う力、考える力、仮説を立てる力、発想する力、論理的に組み立てる力、問題に気がつく力、比較する力、応用する力……こういった力が不十分だとしたら、ビジネスの中で限界を感じやすくなりますし、新しい展開を創り出すことも難しいでしょう。

大切なのは、「自分の考え」を持てること

 この連載では、「思考実験」というゲームのような問題を通じて、これらの力を刺激していきます。

「思考実験」とは、実験器具をいっさい必要としない、基本的に頭の中だけで行なうことができる実験のことです。時間、場所を選ばず、自由に始めることができるというのが、大きな特徴です。

 どう考えるか、どこに視点を置くかなど、自由度が高く、答えも人それぞれに違います。身体をより温めるための手段が、ある人はカイロであり、ある人は靴下を重ねることであり、ある人は腹巻きであるように、意見も人それぞれです。ただ、大切なのは、それが自分自身の意見であり答えであることです。

 古くはニュートンやガリレオなど、大きな発見を成し遂げた偉人たちも思考実験を通じてさまざまな考えを脳内に巡らせていました。そんな思考実験をビジネスに応用していこうというのがこの連載のテーマです。

 たとえば、有名な「トロッコ問題」という思考実験があります。「ブレーキの故障したトロッコで5人が犠牲になるか1人が犠牲になるか」という選択から、自動運転の車の開発における問題を考えます。

 あるいは、比較ができず餓死してしまうロバが出てくる「ビュリダンのロバ」という思考実験からは、決断の大切さとビジネスについて考えます。

 このように、ビジネスシーンに置き換えた思考実験をしてみることで、仕事に活かせる思考力を鍛えることができる構成になっています。

 まずは思考実験を楽しんでいただき、自分自身の答えを見つけてみてください。本書を読み終える頃には、「自分の考え」を組み立てる力が知らず知らずのうちに身に付いているはずです。

正解のない問題を論理的に解きほぐすレッスン
「トロッコ問題」

 トロッコ問題(「トロリオロジー」と呼ばれています)は、イギリスの哲学者、フィリッパ・ルース・フットによって、20世紀に提唱された思考実験です。日本でも、NHKで放送されたハーバード大学マイケル・サンデル教授の『ハーバード白熱教室』で取り上げられたので、その名称を耳にしたことのある方も多いことでしょう。

 まずは、思考実験について知っていただくため、このもっとも有名な思考実験から始めたいと思います。

 1人を助けるか、5人を助けるか……。

 ここで考えるのは、そんな正解のない究極の選択を迫る問題です。この問題で、自分の心の中をのぞき、考えをまとめて自分の意見とする作業を試してみてください。そして、筋が通った思考(ロジカルシンキング)になっているかを確かめてみましょう。

 では、物語の始まりです。

思考実験1 暴走トロッコと5人の作業員

 ある晴れた日のこと、線路の上で5人の作業員が作業をしています。

 なんとそこに、たくさんの石を積んだ大きなトロッコが猛スピードで走ってきました。トロッコはブレーキが故障しており、誰にも止めることができない状態です。

 暴走トロッコが迫っていることに気がついていない作業員たちは黙々と作業に取り組んでいます。このままでは暴走トロッコは、さらにスピードを上げて5人の作業員に激突します。激突された作業員は5人とも死んでしまうことが確実です。

 そのすべてを理解しているあなたはいま、線路の切り替えレバーの前にいます。このレバーを切り替えると、トロッコは進路を変え、もう一本の線路に進みます。しかし運の悪いことに、その線路上にも作業員が1人いるのです。あなたがレバーでトロッコの進路を変えれば、この1人の作業員は確実に死んでしまいます。

 あなたはどの作業員とも面識はありません。あなたがどんなに大きな動きをしても大きな声を出しても、決して作業員が気づくことはありません。そして、あなたがレバーを引いたからといって、社会的に不利になることはいっさいないとします。あなたにはレバーを動かすこと以外にできることはありません。

 さて、レバーを切り替えますか。

「レバーを切り替える」が多数派

 考えられる選択肢は2つです。

 1つは、そのまま何もしないという選択です。この場合、トロッコは本来の進路を爆走して5人が亡くなります。

 もう1つは、あなたがレバーを切り替えるという選択です。この場合、トロッコは進路をもういっぽうの線路に変え、その線路上にいる1人の作業員が亡くなります。

 あなたはどちらを選択しましたか。

 おそらく「レバーを切り替える」ほうを選んだ方が多いのではないでしょうか。多数派は「レバーを切り替える」で、じつに85%以上の人がこちらを選択するという調査結果があります。あなたが「レバーを切り替える」を選んだのだとしたなら、多数派に属することになります。

 少数派だった方も安心してください。この問題に正解はありませんから。

 では、多数派の人たちは何を思って「レバーを切り替える」と答えたのでしょうか。少数派の人たちはなぜレバーを切り替えなかったのでしょうか。

 検討にあたり、この状況を整理すると、次の3ポイントに集約できます。

①人数は1人と5人で、犠牲者の差は4人である

②片方は「レバーを切り替える」という作業が必要である

③もし自分がいなかった場合は5人が犠牲になる

 多数派に属する人たちは、「レバーを切り替えたほうがいい」と考えます。なぜなら、ポイント①を重視するからです。1人が犠牲になるか、5人が犠牲になるかを比較すると、5人が犠牲になったほうが被害が大きいのは明らかです。

「とにかくかかわり合いになるのがイヤ」という人も

 では、「レバーを切り替えない」と結論づける少数派は、どのように考えているのでしょうか。

 少数派が気にかけている点の1つは、レバーを切り替えた線路の先にいる作業員をこの事態に巻き込み、しかも死なせてしまうことへの拒否感です。自分がレバーを切り替えさえしなければ、その作業員は無事です。「自分が他人の運命を変えていいはずはない」という考えが、レバーを切り替える行動を抑止するのです。「もしレバーを引いたとしたら、きっと殺人と同じだろう」とも考えるのではないでしょうか。

 もう1つは、自分が行動を起こす必要があるという点です。もちろん、レバーの切り替え作業そのものを面倒くさいなどと思っているわけではありません。ここで自発的に行動を起こしさえしなければ、自分は単なる通りすがりの傍観者ですみます。ところが、レバーを切り替えたとたんに、事態の成り行きを決定づける当事者になってしまいます。みずから進んでこの難しい事態の当事者になってしまうということに、強い抵抗を感じてしまうのです。

 そして、さらにあと1つ、もっと単純な理由があります。トロッコが迫る一瞬の隙になんらかの行動を起こすのは、とても怖いことにちがいないというもっともな感情です。これはあくまでも思考実験ですから、じっくりと考える余裕があるのですが、この〝怖い〟という感情が「きっと自分にはなんらかの行動を起こすのは無理だろう」という結論を導いたということもありうるでしょう。

 さて、次回は、設定を変えた別のトロッコ問題も考えてみましょう。

タイトルイラスト seesaw.
タイトルデザイン・図版 オリーブグリーン

自分の考えを持てない人は職を失う時代! 「考える力」を1日15分で楽々レッスン

この連載について

生き残れるビジネスマンになる21の思考実験

北村良子

変化の著しい昨今、ごく普通のビジネスマンも前例のない難しい状況での決断を迫られがちです。正解なき問題にいかに立ち向かうか。その判断力を養うのに最適なのが、あのサンデル教授の「ハーバード白熱教室」で有名な「思考実験」です。この連載では、...もっと読む

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