私は18歳のとき、プロ棋士としては最高峰の「A級」に昇級します。
これは史上最年少記録で、今も世界中の誰にも破られていません。この快挙のおかげで、私は「神武以来の天才」という異名を冠することになります。
ところが面白いのはその後です。A級からなんと5回落ち、5回カムバックするという〝乱高下〞をくり返しています。
その時期の心境については、「心が折れませんでしたか?」などと、今でもよく尋ねられます。 答えは「ノー」。「家族のバックアップも受け、最大限に努力をした結果なのだから、まったく悲観すべきことはない」と、常に冷静に受け止めていました。
思い通りに報われるとは限らない
そもそも私は「最善を尽くしたから、必ず報われる」とは、思っていません。
「最善を尽くしていても、自分の思いどおりに報われないことはある」
そんな思いが根っこにあるので、期待も落胆もありません。どんな結果が出ても、それが「神様の思し召しなのだ」と謙虚に受け入れてきました。
とはいえ「最善を尽くすこと」を続けていると、その努力の〝貯金〞が、思わぬところで花開くことがあります。つまり「目先の対局のための努力」が、違う対戦相手との対局で役立ったり、異業種の仕事をするときに活きたりするのです。
それはまったく予想ができない人生の流れですし、自分でも不思議なものに感じます。 しかしありがたいことに変わりはありません。
だから、私は結果にとらわれすぎず、こだわりすぎず、常に「最善を尽くすこと」をよしとしています。
努力は「ゼロ」では終わらない
未来に訪れる〝結果〞なんて、くじ引きのようなもの。どんなお恵みがあるのか、考えすぎても意味はありません。神様だけがご存じであればよいのです。
もしかして、あなたにも「最善を尽くしても報われなかった」という経験が過去にあるかもしれません。
そんなときは「別の形で報われることもある」と自分に言い聞かせてみてください。
そして、悲観や絶望をうまく遠ざけるようにしてください。
神様は、あなたがそんな苦しい状態に置かれることを、決して望んではおられません。
簡単にいうと、「努力」というものは絶対に、ゼロでは終わりません。 最善を尽くしてがんばっていることが「どのような形でも報われない」というのは、神様から見ると「矛盾した状態」だからです。
神様は必ず返事をくれる
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