フランス「黄色いベストデモ」のように、日本人も主張すべきか?

先月からフランス全土で、「黄色いベストデモ」が繰り広げられています。黄色いベストデモとは、政府による燃料税増税などに反対する人々が、ドライバーの安全確保用の黄色いベストを着て行っている抗議活動。現在フランスにいる牧村さんは、デモや暴動についてどのように考えているのでしょうか?


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フランス、黄色いベストデモ。 日本で例えると、防災頭巾デモ、って感じでしょうか。


画像をクリックすると、動画をご覧いただけます

防災頭巾のように、国民の多くにとって身近で、入手が簡単で、危険から身を守る時に使うもの。それが、フランス人にとっての「黄色いベスト」です。「金持ちのための大統領」と呼ばれる現フランス大統領・マクロン氏による、燃料税引き上げなどの政策を、「生活に対する危機」と捉え、「危機から身を守ろう!」という意味で黄色いベストを着て現政権に抗議するようになったのです。また、黄色いベストは、工事現場や交通整理など、事故の危険がある場所で働く労働者の着るものであることから、「労働者の団結」という意味も込められています。2018年11月17日に始まったこのデモは、12月22日現在も止む気配がありません。

そんなフランスに、今、わたしはいます。

ちなみに、自転車に乗ってる人は、事故防止に黄色いジャケット着てるだけで、デモとは(多分)関係ないです。

わたしは2012年から16年までフランスに暮らし、以降は毎年6月と12月をフランスで過ごすことにしています。

昔の自分だったら、「ずっとデモやってる〜。今年はフランス行くと危ないからやめよう」ってなっていたと思います。が、いまは平気で来ています。

それは、フランスが、こうやってデモの予定表なんか作っちゃうくらいデモ慣れしている社会であると知ったこと、

(スクリーンショット:demosphere.net

それから、単にデモが好きでデモをやっている人もいるっぽいと知ったことで、むやみに怖がることがなくなったからです。

具体的にいうと、「わたしは賛成でも反対でもない、ただ看板を持って道を歩くのが好きなだけです。」っていう看板を持ってデモを歩いたり、

デモの脇道に出ている屋台からホットドッグを買ったり、デモに出前を呼んで立ち食いしたり、デモ参加者が集まる前で自転車の曲芸を披露して喝采を浴びたりしている人を見たことで、思ったからです。

「あ、デモって、祝祭なんだ。フランス社会のデモは、日本でいう『ええじゃないか』とか『無礼講』とかみたいな、一種の祭礼、祝祭空間なんだな」って。

しっかし、『ええじゃないか』みたいなやつ、

つまり、民衆が踊り歌い楽器を打ち鳴らして世直しを訴えるやつ、日本ではすっかり、小さくなりましたよねえ。今年の徳島阿波踊りが、「徳島市の中止要請に反発して『やめさせてみい!』と踊りを強行」ってニュースなら見ましたけど。

敗戦以来なのかな、それともあさま山荘事件とかが「政治的なやつ=ヤバイやつ」というイメージを日本社会に植え付けてしまったのかな。当時の言葉で言う「ノンポリ」……つまり、政治に関心がないこと、「投票したって何も変わらないよ」「政治家はどいつもこいつもクソばかり」「音楽に政治を持ち込むな」「デモで貧困を訴えてる暇があるならバイトでもすれば?」みたいな冷笑的な態度でいることがクールなことである、という、それこそ大変おさむい空気が流れているなあ、と、1987年神奈川生まれのわたしは思っています。

つまり、すべて政治なのよね。

政治アレルギーの人だって、社会に生きているわけ。 「政治は自分と関係ないです」って態度の人が、コンビニでおにぎり一個買うのだって、人が選んだ政治家が決めた率の消費税を払うわけ。「政治は自分と関係ないです」って態度を取ることはできても、本当に政治と関係ない人生を送ってる人なんかいないのよ。無人島に一人で生きてる人ですら、誰かが決めた環境政策に影響された水や空気に囲まれることになるんだからね。

そんな中、ある学生さんから、とっても素敵なご投稿をいただきました。すごくざっくりまとめてしまうと、「日本人もフランス人を見習って政治にまつわる意見を主張するべきなのか」という内容です。

さて、あなたは、政治的主張をなさったことがあるでしょうか。それは、どのような手段を通してでしょうか。したことがないなら、しなかったのはなぜでしょうか。一緒に考えていきましょう。こちらのご投稿です。

牧村さんはじめまして。いつも連載を楽しみにしております。

突然ですが牧村さんは「デモ」や「暴動」をどのように考えていらっしゃいますか?私たちはデモを「良いもの」と「悪いもの」、どちらだと捉えるべきなんでしょうか。

ここ数週間、パリでの反政府デモが国際的にも大きな話題を呼んでいます。先日、マクロン大統領が燃料増税延期を発表したものの、未だ混乱は続いているようです。(12/8現在)

私は実は、12月上旬にパリへの旅行を計画していたのですが、デモの様子を見て旅行を中止するに至りました。ヨーロッパ圏の大学に在籍していることもあり、一泊二日の短期旅行だったので金銭的なダメージは少なかったものの、長い間楽しみにしていたので少し複雑な思いになってしまいました。

しかし、デモが起こる背景を考えてみると、増税やリストラへの市民の怒りがあります。私は、苦しい状況を変えるために行動を起こしている市民たちを否定的に見ることはできません。日本のニュースやツイッターを見ていると、「フランスはすごい」「良い社会だ」という意見も多く見られます。

一方で、以前大学の講義の中で「革命で社会を変えようとするフランス人は、急進的で歴史感覚がない。本当の意味で社会が変わるにはもっと長い年月がかかる」といった意見を耳にしました。確かに、議論をすっとばして暴力で社会を変えたところで、本質的なものは変わらないような気がします。今回のフランスの反政府デモの結果も「とりあえず」増税が延期されただけですよね。

その上、デモによって街の治安は悪くなりますし、暴力に加担していない市民にも影響が出てしまうでしょう。死者が出る可能性も十分にあります。また、中には「盛り上がっているのでなんとなく混ざってみた」というようなお祭り感覚で参加している人もいるかもしれません。(←大勢で車をひっくり返そうとする人々の動画を見て、なんだかそう感じてしまいました。)

私の知り合いにも、若い頃に学生運動に参加し警官に怪我を負わされたという方がいるので、歴史的にみると日本人にとっても他人事ではないのかなと思ったりもしています。

ジェンダーに関係のない質問で申し訳ありません。

フランスといえば牧村さんと言うイメージがあるので、どうしても聞いてみたくなり、質問させていただきました。執筆等でお忙しいとは思いますが、もしよろしければ解答して頂ければ嬉しいです。

(全文そのまま掲載しました)


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牧村朝子

性のことは、人生のこと。フランスでの国際同性結婚や、アメリカでのLGBTsコミュニティ取材などを経て、愛と性のことについて書き続ける文筆家の牧村朝子さんが、cakes読者のみなさんからの投稿に答えます。2014年から、200件を超える...もっと読む

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コメント

hidemasainonaka 考えさせられる文章。 「政治的である」ということへの認識が少し改まった。 5ヶ月前 replyretweetfavorite

Shirasutai28 まきむぅさんの、質問に対して大切に言葉を紡いで答える姿勢が好きです。 5ヶ月前 replyretweetfavorite

chihiro_henri 「誇り高く、生存する。存在する。 それが、政治的であるということ。」 5ヶ月前 replyretweetfavorite

makimuuuuuu 「どんな人であっても、政治をあきらめずにいることは、能力ではなく意思によって成せることです。」 https://t.co/t96BpqFsw8 https://t.co/gJ8cg40lqA 5ヶ月前 replyretweetfavorite