トイアンナ氏は、大学卒業後P&Gに入社し、食器洗剤「ジョイ(JOY)」と消臭剤・芳香剤の「ファブリーズ」のマーケティングを担当。LVMHグループに転職した後は、TAG Heuer(タグ・ホイヤー)とHUBLOT(ウブロ)のマーケティングを担当していました。
ふだんのイベントでは恋愛や就活をテーマに話すことが多いトイアンナさん。実はそもそもの専門であるマーケティングについて語るのは初めてのことです。(前篇)
マイルドヤンキーとパパ活女子
松井 今回の本の帯に、「『ことば』が、あらゆるマーケットを制する鍵である」と書いてあるのですが、ぼくらはことばで世の中を眺めていると思うんです。たとえば「リア充」。このことばをつかうことで、リア充である人とそうでない人のあいだに気づかないうちに線を引いて分けています。これは、マーケティング用語としては「スキーマ」と呼ばれます。
ほかには、「草食系」「肉食系」、「勝ち組」「負け組」など、探すと色々出てくると思います。こういうことばの話になると、トイアンナさんのほうが、詳しいかもしれません。
トイ スキーマというのは、マーケティング現場では、「ブランド・エクイティ」と呼ばれています。これは、「われわれは何者で、かつ、何者ではないか」を定義することです。たとえばスタバは「通勤途中に持っていく」「働く人向けの」「おしゃれで」「香り高い」「焙煎の珈琲を売る」ブランド、ですね。
スタバがこのように戦略上位置づけているがゆえに、たとえばポケモンのようなキャラクターとのコラボはできないでしょう。なぜなら、それをすることによって、「通勤途上の」「働く人向けの」というブランド・エクイティから離れていくからです。
このように、「自分が何者か」ということを定義することは、マーケティングでとても大事なことで、そのためには「自分のブランドを選ばない人を出す」ということが非常に重要です。なぜなら、誰もから愛されるブランドというのは、誰からも愛されないから、ですね。
松井 いますごく深いことを言われたように思いますが(笑)。でも、万人受けではないということは、誰がお客さんで誰がお客さんでないかを決める、ということだと思います。これは、理念先行型なのか、マーケットのリアクションに対応して「こういう人がお客さんである」と決めるのか、どちらでしょうか。
トイ 理想的には、マーケットを調べて「どうも日本人にはこういう人がいるようだ」「そのなかで、われわれはこういう人をターゲットにしていきたい」「だからわれわれのイメージはこうなるべきだ。ブランド・エクイティはこう定義します」という流れです。
ですが、おそらくほとんどのメーカーさんでは、「このあたりの人たちに売るぞ」というものが先にあってから、ブランド・エクイティすなわちスキーマを作るのではないかと思います。
松井 たとえば、「マイルドヤンキー」ということばほど、地方の様子が見えやすい言葉はないという話を聞いたことがあります。この「マイルドヤンキー」ということばは、実際に「この人がマイルドヤンキーです」という人に会ったことがなくても、なんとなく「地方にはそういう人がいるだろう」という腹落ち感がある。
ただ、マーケターの単なる思い込みであって実態がないということもありえます。そういったスキーマによる思い込みにとらわれて現実が見えない、ということもあるのではないかと……
トイ 「パパ活女子」が似た例かもしれません。男性とお食事をしてお金をもらう女の子たちのことを言いますが、こういう方たちにインタビューすると、実際は、男性と性的な関係を結んでいないことが多数なのですが、一般には、「売春している人」のような印象をもたれてしまっているように感じます。そういう勝手な印象を与えてしまっているスキーマというものはありますね。
スクリプトを変えることができたマーケターは伝説
トイ 本のなかに、「スクリプト(台本)」ということばが出てきます。これは、現場のマーケターが、なるべく触れたくないものですね。
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