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「すこし 国にかえります すこししたら 日本にかえります」
インド料理屋さんだったか、タイ料理屋さんだったか。とにかく、外国人経営の飲食店に、そう張り紙がしてあった。
わたしは思わず、写真を撮った。うれしかった。この人は、自分が帰る場所を自分で作ったんだなあ、と思った。「かえります」と表現できる場所がこの人に二つもあるのは、「かえります」と表現できる場所をこの人が自分で作り上げたんだという事実は、なんと心強いことだろう。こんなにも勇気付けられる休業のお知らせはなかなかない。
どこに、帰るのだろうか。自分は。
帰る、ということについてあなたと考えたいので、ある思い出のことをお話ししようと思う。
上海キリスト教会のパーティに一人で行った時のことだ。中国語できないし、知り合いもいないし、キリスト教徒でも、なに教徒でもないけど。
上海フランス租界。
パリの街並みをイメージして作り上げられた並木道に、上流社交界〜って感じのキラキラドレスやチャイナドレスやタキシードが並ぶショウウインドウ、すごくおしゃれだけど用途がよくわからないなんらかの芸術的陶磁器を美しくディスプレイして売っている店、街灯、豪邸、要するにチャイニーズ・パリ。かつてフランス人が中国の美を取り入れようとしてシノワズリという新しい美を生み出してしまったように、上海フランス租界にも、「海の向こうの遠い国にあこがれて文化を取り入れようとしたんだけどなんかあこがれ強くて勢い余ってもはや新しいものが生まれちゃった」的な、いっしょうけんめいな美があった。そんな街を、地図頼りに、わたしは教会まで歩いた。美しい花々と、知らない人たち。
教会にはパリッとした制服の警備員さんたちが立っていて、木漏れ日をあびておしゃべりしていて、大きな樹の下には長テーブルが出ていて、静かに微笑む若者たちが何かの受付をしていて、みんな、中国語だった。だれひとり、日本語を話してはいなかった。
スマホを取り出し、パーティの案内ポスター画像を読み込んだ。画像は、中国でLINEがわりに広く使われるアプリ「WeChat」で、中国に住むレズビアンが日本語会話を練習しに集まるフォーラムに投稿されていたものだった(そう、そういうものがある。中国人にも反日じゃない人はいるしキリスト教徒にだって同性愛者はいる、人間みんな人それぞれだ)。
「教会のパーティがあるの、来ませんか」
知らない女の子が日本語で投稿していて、わたしは、この子に会いたいな、と思った。わたしは文筆家で、いずれ「世界レズビアンバー紀行」を書こうとマジで思っている。し、女を愛する女だ。だから職業上、上海のレズビアン事情を知るであろうこの子に話を聞きたいなと思った。し、個人的にも会いたい。いや、下心があるとかじゃなくて。おしゃべりしたい。
で、教会についた。
あわよくばその子が日本語で案内してくれないかなと思ったけど、なんとその子は仕事で来られなくなってしまったという。だから自分で考えた。中国語で「ここですか?」は「ちゅりな?」だった気がするなと思った。
「にーはお」
警備員さんに言い、
「ちゅりな?」
スマホのパーティ案内画像を見せてそう聞いた。
「vfんぢsrんkbk:雨rdhbf、dlあマ?不知道。」
ぜんぜん聞き取れないなんらかの文章を中国語と思わしき言語でベラベラ喋りながら、警備員さんは首を振った。マジかよ迷子じゃん、と思ったら、警備員さんが「こっちへ来い」みたいな仕草をしてくれて、その辺にいた人たちになんか中国語で色々聞いてくれて、教会の庭の離れにあるパーティ会場まで案内してくれた。
「Oh! Lucy ! It’s you !」
「Hi, dear ! How have you been ?」
なんか全然知らん人たちが英語とか中国語で再会を喜んでいて、マジで居場所がない。笑顔で案内してくれた警備員さんに見守られ、入らないわけにはいかず、わたしは、全然知らん街の全然知らん方言しか聞こえてこない小学校に初登校する6歳児みたいな気持ちで会場に入った。
「ハァイ!ウェルカム!」
とにかく明るいウーピーゴールドバーグみたいな人が受付をやっている。お花をいっぱい両腕に抱えて、今にも歌い出しそうだった。
ウーピーはウェルカムの次の瞬間、「あなた母親?」と聞いて来た。 とにかく明るい。 はっきり言えば失礼である。
「いいえ!わたしは!WeChatのレズビアンチャットグループでこのパーティの広告を見て来たガチレズです!」 って言ったらどうなるかなあと思ったけどやめておいて、違います、と言った。すると、
「まだ母親じゃないってことね!」
ウーピーはとにかく明るくわたしの未来を決定し、
「じゃ、よかったら、お花、特別にあげるわ。今日は母親感謝デーだから、出産もしくは子育て経験のある女性にだけこの花をあげているんだけど……あなた初めて来たんでしょ?じゃ、私から願いを込めて!どんな人でもママになれるの。あなた、きっと素敵なママになるわよ!」
花を差し出してきた。
マジで帰りたいと思った。
なんかもう逆に、闘志、とでもいうような、人間にはいろんな生き方があるんだぞとウーピーにも知ってもらいたいみたいな気持ちでわたしはパーティ会場に入る決意をした。
「ありがとう。でも大丈夫です。教会の庭に、子どもたちがたくさん遊んでいるのを見ました。あの子たちはわたしたちみなの子どもなのだと思います。あの子どもたちの中にきっと、いつかママになることを夢見ている子がいるでしょう、お花はその子の手に渡って欲しいと思います」
そう言ってパーティ会場に入った。わたしが言う「いつかママになりたい子どもたち」という言葉には、男の子として育てられている子のこともこっそり含めていた。小さな反乱のつもりだった。この、男と女で産めよ増やせよ地に満ちよみたいな圧に対する、小さな反乱のつもりだった。もしかしたらウーピーは男の子には花をあげないのではないだろうか。それでも花を欲しいと思う男の子はいるんだってことを、わたしはちゃんと知っていようと思った。
パーティが始まった。新規参加者は名札を受け取るように言われ、名前と国名を記入して自己紹介する流れだった。
ASAKO
JAPAN
わたしはそう書いて、「日本からの旅行者です、中国語を学んでいますのでぜひ教えてください」とあいさつした。ほかにも、コロンビア、ルーマニア、ジャマイカ、めちゃくちゃいろんな国の人たちが百数十人いた。このパーティの趣旨は、「国際都市上海にやって来た様々な国の人たちが、キリスト教信仰を通して上海での友達を作る」というものであるらしかった。
新入りに続き、「ママたちは前にきてあいさつして!」という時間が始まった。「息子が1人います」「うちは3人」。みんながマイクを持って子どものことしゃべるのを、例えば不妊治療に向き合い続けている人は、例えば子どもを亡くした人は、どんな気持ちで聞いているのかなあ、と思った。
そんなママズ・オン・ステージが終了した頃、
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