こちら、幸福安心委員会です。

第1回 序幕 【オンディーヌ 〈No.01_00〉】 8年前

ここは、みずべの公園市国。女王の下で、幸福でいることが義務づけられた国――。 話題のディストピアボカロ小説が連載スタート!ニコニコ動画での再生回数170万回を誇る人気楽曲「こちら、幸福安心委員会です。」のノベライズ第2弾の発売を記念して、第1弾ノベル『こちら、幸福安心委員会です。』の一部を公開します。


♪こちら、幸福安心委員会です。♪


【オンディーヌ〈No.01_00〉】 8年前

 幸福なのは義務なんです。
 すべて市国民は、幸福で文化的な生活を営む義務を有する。(つまり生存権保障)
 わたしが今いるのは、みずべの公園市国。
 面積は、あまり広くない。巨大な湖があって、湖の中には背の高い電波塔。南側に、海への小さな湾を持つ。ささやかな箱庭のような、だけど、完璧に統制された理想都市なんです。400万人の市国民が、幸せに暮らしている。

 チカチカ。チカチカ。壊れかけたスクリーンが、わたしの背後で点滅していた。
 ノイズ混じりに響く、サイレン女王様の歌声。
〈幸福なのは義務なんです♪ 幸福なのは義務なんです♪
 幸せですか? 義務ですよ? 果たしてますか♪ 幸せじゃないなら♪〉

 右上の隅が割れている。ノイズに揺れる動画が、再生されている。動くスクリーン広告の中では、捕まった不幸分子が、自由処刑を科せられていた。
 POPスクリーン広告の中で、マイクを手にした女王様は、ものすごく幸せそう。

 その場所は、ライティングされた幸福拷問室! サイレン女王様は、みんなが見とれてしまう完璧な微笑みで、鋭いトゲ付きの処刑台を見おろしている。女王様の笑顔を見るだけで、わたしも幸せになれる。意識下にも働きかける、聖歌の澄んだ響き。心が洗われる。
 聴いている市国民のみんなも、ここちよい和音の波に清められているはず。真っ黒なベルトで全身を拘束された不幸分子も、こころの底から反省して、よろこびの涙を流していた。

 チカチカ。壊れかけたスクリーンが瞬く。4画面に分割される。滑るように増殖、展開された3つの映像。それぞれが、市国民たちの姿を映し出した。《幸福! 完全な幸福! 幸福は私たちの義務です!!》

 水辺の公園。3Dスクリーンに投影されるサイレン女王様の御姿に、熱狂する市国民たち。かっちりとしたスーツ姿で整列し、片手を斜め上に掲げて、幸福と安心を賛美していた。歌声にかぶさって、シュプレヒコールが繰り返される。
 

 ハー・マジェスティ《我らが女王陛下!!  ハー・マジェスティ 我らが女王陛下!! 私たちは完全に幸福です!!》

 掲げられる国旗に向けて、整列する市国民たちに向けて、サイレン女王様は微笑んでいた。完璧で完全な、女王様の歌声。すべてを魅了する笑顔。市国民たちの表情もまた、複製されたように、完璧な笑顔を形づくる。とてもステキな光景です。
 ハー・マジェスティ《我らが女王陛下!! 不幸分子に幸福な死を! 幸福な自由処刑を!》
〈絞首、斬首、銃殺、釜ゆで、溺死、電気、火あぶり、生き埋め、薬殺、石打ち、鋸、はりつけ、好きなのを選んでね♪〉
〈電気を! 幸福な電気で、お願いします!!〉
 不幸分子が叫んだ。バシンッ。弾けるように背中が反る。
 大電流が流れた瞬間に、歓喜していた不幸分子は、真っ白な蒸気を吹き上げる。両目から溢れる涙も一瞬で蒸発。煙になる。ダンスを踊るように痙攣する。ビクビクと震えて死んでいく彼は、いったいどんな罪を犯したのだろう?
 彼は罪人ではあるけれども、最後には身を挺して、幸福義務をみんなに教えてくれているんです。とてもステキな自由処刑。
 ハー・マジェスティ《我らが女王陛下!! 素晴らしき自由処刑! 私たちは完璧に幸福です!》
 片手を斜めに、硬直した姿勢のまま、市国民たちは熱狂のシュプレヒコールを続けていた。
 右から左に流れていくナレーション。歓声に重なって、ニュース・キャスターが、淡々と罪状を読みあげていく。
 市国民に対する情報操作の罪、捏造の罪、不幸の種の拡散、その他もろもろ。不幸分子の罪悪が暴かれる。
 しかし、そこで突然、電力供給が途絶えてしまった。スクリーンは真っ黒。なにも映していない。4分割された画面の、ニュースはともかく、女王様の御姿が消えてしまって、わたしはガッカリした。眉をひそめてしまう。
 ああ、もうっ、なんて不安定な地区! わたしは、歩き続けなければならない。どこかもっと、ちゃんとした所まで—。
 

 

 みずべの公園市国は、安全性99.9%。幸福度99.9%。小さな国だけれども、みんなが幸せに暮らしている理想郷なんです。
 だからほんのわずかな不幸な人たち(不遜にも不幸!)を除いて、本当にみんなが幸福で安心出来る国家のはずなのに、わたし自身が今、ちょっぴり困っている。
 どうして? なんでこんな目にあわなければいけないの?(もちろん不幸ではなく、これは理不尽に対する、わたしの怒り)

 オンディーヌというわたしの名前は、みずべの公園市国では特別なんです。
 わたしの肩のあたりには小さく、ナンバーが記載されている。〈No.01_00〉1番でありマイナー・ナンバー00。この番号が、わたしの特別性を保証してくれている。マイナー番号を持たないオンディーヌはいない。
 それでも、わたしは無数の「わたしたち」の中でも特別だから、最初の数字00番。
 青く長い髪の〈No.01〉は、わたしのような小さな子どもではない。
 もっと綺麗で、大人びていて、完璧で完全なんです。このみずべの公園市国を、幸福に管理する絶対女王サイレン。だけどわたしも女王様の分身であり、女王様の御声を聴き、わたしからは女王様に見たこと、感じたことをダイレクトに伝える。

 わたしは生まれてから、まだそんなに時間が経っていないんです。
 ヒトの年齢で言えば6歳くらい。それでも電波さえ自由に扱える範囲であれば、なにも困らない。交通信号もデジタル標識も自由に変えられるから、赤信号で待つことさえ、しなくていい。
 でも、女王様との接続が断たれてしまっては、本当に困ってしまう。
 電波が届かない。みずべの公園市国には、こんなひどい地域が(不遜にも!)わずかだけれども存在する。
 女王様の御住まいである塔からの電波が届かなければ、特別なわたしも、ただの子どもみたいなものだ。なんてひどい状況。わたしは困る。地図を参照することもできず、今いる場所がどこかわからず、とぼとぼ歩いて—。
 スカートの裾をぎゅっと掴んでいないと、ぽろぽろと涙がこぼれてしまいそう。
 疲れて、もう歩きたくなくて、でもこんな電波の届かない地域で座りこんだらきっと、そのまま動けなくなってしまうに違いない。それは、とても、とても恐い!

 わたしはゆっくり、いつの間にか歩みをやめてしまった。自分でも気がつかないうちに。
 涙が一滴、頬を伝ってしまった。
 こんな無力な子どもみたいなこと、わたしがするなんて。
 帰還出来ても、他のオンディーヌたちには、伝えたくない。

「おい、お前、なにやってるんだ」
 わたしは、びくりとすくむ。うつむいた目を上げると、男の子がいた。
 わたしと同じくらいの小さな子どものくせに、酷い口のききよう。信じられない。それでも微風になびく淡い色の髪はちょっと綺麗で、思わず触ってみたくなるほど。柔らかそう。仔猫みたいな、ちょっと巻いたくせっ毛。
 生意気でさえなければ、わりとカッコイイかもしれないのに、現実には違う。とても無愛想で、残念だ。
 その子は、まさに猫のように目を細めて、値踏みするように見つめてきた。
 ダメ。震えてちゃダメ。スカートから手を離して、キッと見返してやらなくちゃ。
 恐くなんてない、はず。こんな子、特別なわたしになにか出来るはずがない。
 幸福で安心な完全都市みずべの公園市国、だけど、ここは電波の届かない地域だった。
 男の子がすっと、こっちに手を伸ばしてくる。女王様から切断されているわたしは無力で、まるで普通の女の子みたいなもの。
 身をすくめて、ぎゅっと目を閉じるしか—。

「ハンカチないのか。なんで泣いてるんだ。こんな場所で」
「え—」
 わたしは目を開けた。頬に、男の子が当ててきたハンカチが触れている。こぼした一滴の涙が吸いこまれる。恥ずかしくなって耳が熱くなる。
「あ、あの、わたし—」
「いや、いい。やっぱり言わなくてもいい」
「な、なんで」
 びくびくとしてしまう、わたし。鋭く細められた男の子の目が、恐い。どこを見ているのか、よくわからない。
 じろじろと見るわけでもなく、考えこむように、じっとわたしの全身を眺めている。まるで景色か、一枚の絵でも見つめるように。

「……うん。だいたいわかった。じゃあ、来いよ」
「な、なんで、なにを?」
「何度もつまらないことを聞くな。お前、迷子なんだろ? 公園市の中央区から買い物に来た。それで帰り道がわからなくなったんだ。くだらない。そんなの、見ればすぐわかる」
「ど、どういうことなの? 迷子だなんて—」
「シンフォ持ってない、ってのがまず信じられないけどな。普通忘れるか? お前、特別に馬鹿なのか、それとも育ちが良すぎて、いつもは送り迎え付きなのか? まあ、どっちでもいいけど。別に興味ないし」
 男の子はズボンのポケットから、シンクフォン(携帯端末)を取りだした。略称にするとシンフォ。
 みずべの公園市国で最も一般的な携帯端末、シンクフォンは、電気と電波で動く市国で生活する上で、確かに必需品なのかも。
 だけどそれは普通の市国民のはなしで、わたしには、そんなもの必要ない。
 だっていつもなら、女王様と直接通信出来るし、それは道具とかに頼らずに出来る。特別なわたしたちオンディーヌの、素晴らしい特権なのだから。

 もちろんそんなことを、この子に説明するわけにはいかない。
 普通の市国民には知らされていない、第一級の極秘事項。
 監視することが、わたしたちの義務なんです。
 それ以外のことは、幸福安心委員会のお仕事。幸福で安心な、みずべの公園市国を守る委員会の任務。特別なわたしは、彼らの監視役でもある。
 

 
 

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ケイクス

この連載について

こちら、幸福安心委員会です。

wogura /うたたP /鳥居羊

巨大ウォーターフロントにある「みずべの公園市国」。そこは完全で完璧な女王サイレンと呼ばれるAI(人工知能)が統べる国家だ。サイレンは自らの分身である“オンディーヌ”と、市国民のなかから選ばれたエリート集団“幸福安心委員会”を使って市国...もっと読む

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ryou_takano 公開してるのか! 5年弱前 replyretweetfavorite