工藤直人 20歳
(アカウント:ナオ
「大学生です。もしよければフォローしてください」)
美香さんには「渋谷は近い」と言ってしまったけれど、本当は遠い。僕の住んでいる小さな街は千葉県にあって、渋谷に出ようと思ったらバスも電車も使わなくちゃいけなくて、1時間以上かかる。
渋谷に最後に行ったのはいつだったろうか。都会に住んでいたら僕の人生ももうちょっと華やかだったかもしれない。童貞だってとっくに捨てていたかも。渋谷、羨ましいな。会話のきっかけが欲しくて「渋谷行ったんですか?」とDMしようと思ったけど、やめた。きっと、しつこいのは良くない。
ツイッターをいじる代わりに、絵を描くことにする。
渋谷を画像検索で調べながら、鉛筆で丁寧に丁寧に描いていく。
スクランブル交差点の雑踏。その雰囲気や匂い、そこに存在する人たちの人生を、出来るだけリアルに思い描きながら、描いていく。
絵を描くのは楽しい。
何にもない自分が何かを産みだせるとしたらこれしかない。鉛筆画なんて、描けたってなんの得にもならないけれど、描いている間は嫌なことも忘れられる。まずは目印になるビルを細かく描き、背景を真っ黒に塗りつぶす。手の甲や指を黒煙で汚しながら、思いっきり塗りつぶす作業が一番好きだ。自分の心の中の黒さが紙に吸い取られていくようでスッキリとする。
数日後。
またおかず探しのためにツイッターを開くと美香さんのつぶやきが一番上に来ていた。
「つらい」
何か嫌なことでもあったんだろうか。こんな童貞にちょっかいを出されるのも嫌かもしれないけれど、誰かに気にされたくて、美香さんはつぶやいているんじゃないだろうか。つらい」ってことを友達に送れないから、こんな風に匿名のツイッターでつぶやいているんじゃないか。
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