40歳過ぎて、こんなふうに女友だちとケンカするなんて

独身、既婚、子持ち、子なし、お金持ち、貧乏、美人、不美人…。ちょっとの「違い」ゆえに、時々ぶつかる私たち。それでも、男には絶対に見出せないものが、女の友情にはあるーー。

「女友だち」の新しいカタチを描く北原みのりさんのエッセイ『メロスのようには走らない。〜女の友情論〜』を特別公開します。

 驚くべきことに、40歳になっても、50歳になっても、女友だちとケンカをするのである。

 本書の企画が始まった時、私には大親友がいた。10年以上の付き合いで、10歳年上のフーさん。友だちの紹介で初めて会った時から私は「この人と、親しくなりたいっ」と思ったものだ。言葉が冴えていて、好奇心旺盛で、柔軟で自由で、いつも笑っているような印象を受ける、不思議な存在感の人だった。

 どういうわけか私は強烈にフーさんに惹かれた。案の定、少し話しただけで打てば響く、という感じで気が合った。話すほど、もっと話さずにはいられなくなった。これは後から聞いたことだけど、フーさんは私に会うずっと前に、何かの雑誌で私を見たことがあったという。

「この人と友だちになりたいなぁ、って、あの時、雑誌見ながら思ったんだよ」

 ああ、私たちったらなんて宿命的な関係なのでしょう!ドラマチックな友情なんでしょう!と、そんなエピソードが私たちの友情の唯一無二感を高めたのは言うまでもない。

 この10年間、私たちは惹かれ合い、信頼と愛情を求め、理解を深めていったのだ。私はこれまで、何人もの女友だちにこう言われたものだ。

「みのりさんはいいね、フーさんみたいなお友だちがいて」

恋人よりも家族よりも多く過ごして

 フーさんも猫と一緒に暮らす一人暮らしの女である。私たちは数年前、そうするのが自然だよねって感じで、歩いて10分ほどの所に、それぞれマンションを買った。夕飯一緒にしますか〜?たまには健康ランドに行きます〜?そちらの猫と遊びたいんですけど、遊びに行ってもいいですか〜?そんな風に、私の生活にはフーさんがいた。

 恋人よりも家族よりも私はフーさんとより多く過ごしたと思う。旅行もたくさんした。カリフォルニアを一緒にドライブ、南フランスの城めぐり、ドイツでクラブ遊びに、トルコの世界遺産観光......いろんな所に一緒に行った。

 2011年の震災の後は、しばらく一緒に暮らした。福島原発がどんどん爆発し、私がストレスに耐えきれなくなった時は、一緒に猫を連れ九州まで行った。ネットでの誹謗中傷に私がうろたえていれば、サーバー会社に一つ一つ連絡し、名誉毀損を訴え、ブログを削除してくれた。

 ケンカもたくさんした。「何、それ、ひどい言い分だね」「あんたみたいに身勝手な人、見たことない!」「いい加減にしてよ!!!!」距離が近い分、まったく遠慮なく私はフーさんに怒った。フーさんも動じず、同じ勢いで私に怒り返した。

 どういうわけか、私たちは互いの怒りへの許容量が深かったのだ。男に怒鳴られたら絶対にすぐに別れるのに、フーさんが怒り声をあげても、平気だった。私たちの怒りは相手への拒絶ではなく、感情を爆発させ、風通しを良くし、さらに理解を深めるために必要な闘いなのだとすら、思った。

取り返しのつかない大げんか

 さて、しかし、それなのに、である。

 私は今、フーさんに会っていない。もう半年以上会っていない。「女友だち」についての本を書き始めてから、フーさんと会わなくなってしまうなんて、なんて皮肉なことなのだろう。

 本来ならば、私はこんなことを書いていたはずだ。私には恋人のように熱烈な友情関係があり、近くに住んでいて、旅行も一緒に行き、信頼関係は海より深く、互いの誠実さは日本晴れに勝る。そんな女どうしの友情関係があれば、人生怖いものなしよ〜ん!と。

 ......が、実際には私とフーさんは今、取り返しのつかない大げんかをして、半年近く会っていないのであった。

 きっかけは些細なことだった。フーさんの誕生日に私が贈ったプレゼントに対して、そしてそのお返しのプレゼントに対して、それぞれがそれぞれ率直過ぎる感想を述べたのだった。えっ!そんなことっ?とお思いでしょう。私も思う。

 でも、たかがそんなことで、私たちは爆発した。恐らく、そんな時期だったのかもしれない。何年も一緒にいて、お互いに一緒にいすぎて、遠慮もなくなり、だからこそ楽だった関係だけれど、いつの間にか積もっていた不満などが一気に吹き出て、互いに高度な殺傷能力レベルの語彙を放出し、私たちは互いを壊すまでやり合ったのだった。

 自分でも、驚いた。40歳過ぎて、こんな風に女友だちとケンカするなんてね。

 闘いは1カ月に及んだ。もちろん何度も修復しようとした。まるで休戦するように、蕎麦屋で酒を飲んだりもした......が、そば湯を頼む頃には、気まずい空気が流れ始めるのだった。

 ケンカをしたいわけじゃないのに、会えばいがみ合ってしまうフーさんと私は、まるで倦怠期の恋人だった。これからどうするの?一緒にいるべきなの?それとも別れる?でも、私たちが唯一無二だったのも事実。だったら、もう少し試してみる?でも、私、あなたに少し飽き飽きしてるわ。でも、やっぱりあなたのいない人生は考えられないわ。でも、今は目の前から消えて、って気持ちだわ。でも、やっぱり、そうなったら後悔するんでしょうね。でも、このまま一緒にいるストレスのほうが強いかもしれないわ......。

もし私たちが女と男だったなら

 そんな風に逡巡しながら、私たちは私たちの関係について、とことん話し合った。いったい何が問題だったのでしょう。さあ、これからどうしましょう、と。でも結局、なんとなく探り合うようにしながら、私たちは静かにこんな結論を出したのだった。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
メロスのようには走らない。〜女の友情論〜

北原みのり

独身、既婚、子持ち、子なし、お金持ち、貧乏、美人、不美人…。ちょっとの「違い」ゆえに、時々ぶつかる私たち。それでも、男には絶対に見出せないものが、女の友情にはある。「女友だち」の新しいカタチを描く、北原みのりさんのエッセイです。

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません