舌を出すしめしめと思う神様に知られずに彼の心盗んだ
同窓会でほのかを見たことは一度もなかった。
「死んだ」とか、「難病で入院中」だとか、いくつかの噂が時々流れた。
ある日わたしの自宅ポストに、「欠席」に丸をつけた同窓会用の往復ハガキの半分が投函された。名字の変わっていない、ほのかからだった。
「つきましては、最後にあなたにお会いしたく……」ハガキの宛名がわたしなのだから、「あなた」とは、わたしなのだろう。
印刷された実行委員長の滝沢の住所氏名を黒ペンで消して、わざわざわたしの住所氏名を書いている。
その字が小学生男児のように乱暴であることに、わたしは危機感を覚えた。
しかも唐突に、「つきましては」で始まる文……。
小中と、わたしはほのかと同じクラスになったことも、話したことも、目を合わせたこともない。
けれどほのかの顔は忘れようがない。
顔面右半分にわたる濃い青痣があるのだが、ほのかには、それを恥じたり隠そうとしたりする様子がみじんもなかった。
そのことに、実はみんなが怯えていた。
わたしも、アイデンティティーが外見に全くないらしいほのかが、歴史的偉人のようで怖かった。
記された彼女の住所は都心だった。
あの芯の強さで何らかの事業を立ち上げ、成功しているのかもしれない。それをわたしに見せつけようとしているのかもしれない。
そうだとして。
なぜ、わたしに?
鳥肌がたつ。
「あなたがわたしより容姿が劣っているから」
マンションの十二階のほのかの自室で、彼女はそう答える。
そんなはずはない。
わたしは十人並みの、初対面の人が会った後二時間も覚えていられないような、そういう平凡な容姿をしているはずだ。
父も母もわたしにそう言い続けてきたし、鏡を見ても我ながらそう思う。
個性のなさに、ずっと悩んできたのだ。
「猫として」
「猫として?」
「既にわたしたちは猫の前世を生きてるのよ。
あの中学で、猫に生まれ変わるのはあなたとわたし含めて、八人なの。八人の中で七位がわたし、あなたが八位」
言ってから、ほのかは舌を出して意地悪く笑った。
その舌で、わたしは理解した。
それは確かに猫の舌だった。
ものごころついた時から常に家に数匹猫がいるから分かる。
人の舌とは全く違う、猫の舌。
わたしは、口の中で自分の舌を探す。
そんな風に確かめてみたことがなかったけれど、舌先で舌の様子を探って分かった。
敗北感で立っていられない。
来世まで見据えて生きているほのかが、今回を捨て世として生きているようで、その達観が、動物同士として恐怖だった。
生まれ変わった猫のほのかは必ず、生まれ変わった猫のわたしを見つけるだろう。
自尊心の自慰のために。
それが絶望にしか感じられず、わたしは自分の舌を噛み切りたかった。
牛タンのシチューを煮込むとちゅうから牛が歌う鎮魂歌聞こえる
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