夫も、子どもも、貯金もない女の老後は悲惨?

独身、既婚、子持ち、子なし、お金持ち、貧乏、美人、不美人…。ちょっとの「違い」ゆえに、時々ぶつかる私たち。それでも、男には絶対に見出せないものが、女の友情にはあるーー。

「女友だち」の新しいカタチを描く北原みのりさんのエッセイ『メロスのようには走らない。〜女の友情論〜』を特別公開します。

 1925年生まれの祖母が45歳の時に私は生まれた。大きな旅館の女将をしていた祖母は、きちんとキモノを着ていて、酒豪で、豪快に笑い、大勢の従業員を従え、お客様に慕われていて、幼い子どもから見ても、とてもカッコイイ人だった。私が40歳になった時、祖母は私にこう言ったものだ。

「あんた、40代が一番忙しいよ。人生で一番、楽しくなるよ」

 その言葉は私には何よりも嬉しい誕生日プレゼントだった。

 今年88歳になった祖母は、すっかり記憶がおぼろげになってきた。昨日や今日のことは忘れる。面白いほど覚えてない。さっき飲んだ薬のことも、もう数分後には忘れてしまう。ぼけたのか?と思うことも多いが、会話をしている時の祖母は明晰だ。言葉の世界で縦横無尽に過去や未来を行き来しながら、時に私を泣かせたり笑わせたりするのだ。

 数カ月前、久しぶりに祖母を中心に家族で集まった。祖母がひどく疲れていたので足をマッサージしながら会話をした。横をひ孫(私の姪)がギャハハと笑いながら走り回っている。

「子どもがいると賑やかでいいね。ノリちゃん(私の母)は、幸せだね」

 と祖母が言う。祖母の足を揉みながら私は言う。

「私の老後はきっと静かだろうなぁ」

 特に意味はない、ただきっとそうなるだろうなぁ、という感じで言ってみる。すると祖母は、一つ間を置いて言う。

「あんたは人を大切にしているし、人を導く力があるから、きっと寂しくならないよ」

 事実がどうであれ、祖母が私のことをそう思ってくれていること、そして祖母が「寂しくならないよ」と言ってくれたことに、私は思わず、うっと胸が詰まりそうになる。

「おばあちゃん、ありがとう」

「ほんとうだよぉ。あんたのことは立派だと思ってるよ。みいちゃん(私のこと)はきっと、大丈夫だよ」

 祖母がそう思ってくれていることに、私はまたううっとくる。むくんでパンパンにふくらんだ祖母のふくらはぎをなでながら、泣きたくなっちゃう。

私の足を揉んでくれる孫はいないけれど

 祖母、北原輝子さんに初孫(私)ができた年齢に、私は近づいている。結局子どもを産まないまま、私は40歳半ばになりつつある。結婚を一度もせず、3匹の猫と暮らしている。

 41歳の時、35年ローンを組んで家を買った。パウダールームからキッチンまでこまかーく自分好みに設計し、家中を好きなペンキで塗って、ベッドルームもリビングの区別をつけずひろ〜いワンルームにした。誰かと住むには適さないが、猫のための階段、猫のための高い塀、猫のための通路が完備されており、とってもカワイイ家。毎日家に帰って「はぁ幸せ〜」と噛みしめられる、私と猫の家。

 私の老後には、どう考えても私の足を揉んでくれる孫はいない。賑やかに家中を走り回る孫はいない。というか、私を「ママ」と呼んでくれる存在は、これからもできないだろう。そんな私は今、寂しいのだろうか?将来を不安に思うべきなんだろうか?

 今のところは寂しくもないし、強い不安もない。むしろ猫と一緒で幸せ過ぎる日々。でも、10年後はどう思うだろう?たとえば同世代の女友だちが孫の話をし始めた時に、私はどう思うだろう?

 輝子さんは、結婚をしなかった。私の祖父になる人は、輝子さんよりもずっと年上で既婚者だった。後に〝正妻〞が亡くなった後に、輝子さんには結婚する道もあったというけれど、輝子さんはそれを選ばず、祖父の家からうーんと離れた町で旅館の経営を始めた。もともとは祖父の持ち物だったのを、譲り受けたのだ。

 祖父はお金をたくさん持っていたから、輝子さんはお金で困ったことはなかったけど、40歳になるまでは「自分のお金」もなかった。祖父から譲り受けた旅館を経営しながら、輝子さんは自分のお金をつくり、自分のお金で土地を買い、自分のお金で海辺にモーテルを建てた。そのモーテルは大当たりだった。ちょうど40代半ばの頃だったという。

 輝子さんの人生を見ていると、男がいなくてもなんとかなる、と強く思う。もちろん、男がいたからこそ経済的に恵まれていたのは確かだけれど、40代からは自分の力だけで生きてきた。しかも、男と暮らしていない分だけ、のびのびしているようにも見えた。

 それは専業主婦だった私のもう一人の祖母(父方)の人生とは、対照的に見えたものだ。夫を立てることに慣れ、夫のケアを優先して生きてきたもう一人の祖母の慎ましさとは、まったく違う力を輝子さんには感じていた。

 夫と共に暮らす人生よりも、男が時々現れながらも自分が好きな場所に自分の好きな家を建てる人生のほうが私はいいわ、って、たぶん幼い頃から私は願っていたんだと思う。そして、だいたいその通りになった。

どちらにしても、未来は不安なもの

 老後への不安。ないわけじゃない。が、私のこの不安は、結婚して子どものいる人が持つ老後の不安と、どのくらい違うのだろうか。子どもがいるから、夫がいるから、という理由で老後への不安はどのくらい解消されるのだろうか。そんな風に考えてみる。どちらにしても、未来は不安なものだ。

 30代半ば頃は、年を取るのがとても怖い時があった。それは年上の女友だち数人が、50代を境目くらいにして仕事がなくなっていくのを目の当たりにしたからだ。会社員ではなく自営業で働いている女たちが、私の周りには多い。デザイナーや編集者やライターの女性たち。彼女たちに憧れるように仕事をしてきた私にとって、年を重ねるにつれ仕事が増えるのではなく、仕事が減っていく現実を見るのは、恐怖だった。

 それはただ単に世の中の景気のせいかもしれない。でも私には、年を重ねていく女は、よほど名前がない限りフツーに仕事が減っていく、という容赦ない事実に見えたのだ。とてもじゃないけど他人事とは思えない、自分の未来であり、生々しい恐怖だった。

サトナカさんは私のちょうど20歳年上、私が30歳の頃に出会った。えらぶったところがなく、賑やかで明るいイラストレーター。バブルの時はえらく稼いでいて、都心で〝かっちょいい〞マンションをたっかいお金で借りていたのだという。

 私たちは何かのパーティーで出会って、お付き合いが始まった。出会った頃から「仕事が減ってきてる、不景気だもんねぇ」みたいな話はよく出ていたけれど、私が知り合った頃にはすでにサトナカさんにイラストの仕事はない状況だった。私には困ったところは見せなかったけれど、伝え聞こえてくるサトナカさんの生活は大変そうだった。定期預金を解約したり、友人にお金を借りたり、大きなコピー機のリースを解約したり......。

 サトナカさんのそんな話が仲間内から聞こえてくるたびに、私は怖かった。50歳になって、私はどんな仕事をどんな風にしているだろうか?会社はやっていられるだろうか?書く仕事はあるのだろうか?どうやって生きているのだろうか?お金はどのくらい必要なんだろうか?月々どのくらい稼いでいけるのだろうか?年金はもらえるのか?身体は丈夫でいられるのか?どうしよう、サトナカさん、サトナカさんは、今、怖くないのですか!!!

 サトナカさんの現実に私は怯えたのだ。親の資産も、夫も、持ち家も、子どもも、貯金もない、何も持たないシングルの女、自分の力で仕事をしてきたシングルの女が、あっという間に困窮していくのは珍しい話ではない。私だけが例外、なんてことはなく、シングルには平等に貧困が訪れるのではないか!平等に不幸が訪れるのではないか!という妄想に取り憑かれたのだ。

「20万、振り込んでほしいんだけど」

 さて現実には、どうだったか。サトナカさんは自らの不幸を呪い、餓死するような状況になっただろうか?昔のように次々に仕事が来なくなったからといって、絶望しただろうか。

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メロスのようには走らない。〜女の友情論〜

北原みのり

独身、既婚、子持ち、子なし、お金持ち、貧乏、美人、不美人…。ちょっとの「違い」ゆえに、時々ぶつかる私たち。それでも、男には絶対に見出せないものが、女の友情にはある。「女友だち」の新しいカタチを描く、北原みのりさんのエッセイです。

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コメント

sabochin 今回の読んでて思ったんだけど、この人は「自分の人生を間違った事だと思いたくない」って気持ちが人一倍強いのかな。 1年以上前 replyretweetfavorite

Abico_ma_cherie 後進の世代のロールモデルの一つになる為にも、シング… https://t.co/EBFNAkeKkT 1年以上前 replyretweetfavorite

CHICOFUJII 似たような事は常に考えている。女って歳取るとどんどん辛くなるなって思う事も多々ある。いやはや。 1年以上前 replyretweetfavorite

gami_co 不安すぎた30代後半を超えて、40代になりみえること。50代になったら更に見えることもある。幸いなことに私には尊敬する女性の先輩たちがたくさん先陣を切っている。 https://t.co/gCibKI4U8W 1年以上前 replyretweetfavorite