もしも『走れメロス』のメロスが女だったなら、絶対に走らない。

独身、既婚、子持ち、子なし、お金持ち、貧乏、美人、不美人…。ちょっとの「違い」ゆえに、時々ぶつかる私たち。それでも、男には絶対に見出せないものが、女の友情にはあるーー。

「女友だち」の新しいカタチを描く北原みのりさんのエッセイ『メロスのようには走らない。〜女の友情論〜』を特別公開します。

『走れメロス』といえば、日本で最も有名な友情文学でしょう。

ご存知ない方は少ないと思いますが、記憶が薄れかけている方のために、まずはあらすじを紹介します。

〈あらすじ〉
メロスは妹の結婚式のためにシラクスの町へ買い出しに出かけた。
ところが、町の様子が変だ。ひっそりと、暗く、やけに寂しいのだ。住人に尋ねると、人間不信の王様が人を殺しまくっているという。
激怒したメロスは短剣を片手にお城に乗り込むが、すぐに取り抑えられて処刑されそうになる。しかしメロスは妹の結婚式のために3日間の猶予を乞い、人質としてシラクスの町に住んでいた親友セリヌンティウスを差し出す。
村に戻ったメロスは、妹の結婚式をすませシラクスに向かって走り続ける。途中、川の氾濫などで体力を使い果たし諦めかけるものの、太陽が沈みかけ、まさにセリヌンティウスが処刑されようとするその時、メロスは刑場に現れた。
メロスは一度だけ諦めかけたことを、セリヌンティウスも一度だけメロスは来ない......と疑ったことを告白し、お互いに殴り合う。その姿に王様は胸を打たれて改心する。友情の尊さ、友を信じる心の力を、王は取り戻したのだった。

女としては、幼い頃からこの物語を「男もん」にしか感じられませんでした。

もし、メロスが「メロ子」だったら、いきなり義憤にかられ短剣片手に王を殺しになど行きません。そもそも短剣を持っていないかもしれない。そしてメロ子だったら、絶対に走らない。友だちの命がかかっている場合ならばなおさらのこと、絶対に走らない。あらゆる知恵を絞り、手段を考え、借金してでも、馬に乗ったでしょう。そして時間に余裕を持って帰ってくる段取りをつけたことでしょう。そしてもしメロ子だったら、「殴って許して!」なんてこと、友だちに言いません。そういう文化がないからです。痛いのは嫌いだし。

......でも、メロスみたいに走らないからといって、女に友情がないわけではないのだけれどな......というもやもやが、「走れメロス」にはつきまとい続けました。男もんの友情を、「真の友情」「友情物語の金字塔」として読まされてきた女の子の率直な感想です。もちろん寓話に「もし女だったら......」と文句をつけても仕方ありません。ただ、友情にすらつきまとうジェンダー問題にしっかりと向き合うならば、こんな仮説も立ててみたいと思いました。もし、メロスが女だったならば?メロスとメロ子はこんなにも、違うのではないでしょうか?


メロ子は泣いた。ただただ、打ちのめされたのだ。
メロ子には男のことは、分からない。年老いた両親と妹と、小さな村で小さな畑を耕している。今日未明、メロ子は野を越え山を越え、十里離れたこのシラクスの街にやってきた。数カ月前の吹雪の夜にこじらせた母の病は、春を迎えてもいっこうによくならず、メロ子は雪が溶けるのを待ち、シラクスに薬を買いにきたのだ。
メロ子にはりぼんの友(男の友情を示す同義語として「竹馬の友」がある)があった。セリーヌである。同じ村で育ったセリーヌが、シラクスで石工をしている男に嫁いでから、2回目の春を迎えた。幼少から二人は、常に一緒だった。おそろいの白いドレス、おそろいの髪飾り、おそろいのシルクのリボンをそろえても、まだ「おそろい」を求めた。毎日のように会っていても、まだ見ぬ世界、まだ出会わぬ恋人のことなど、会話が尽きることはなかった。
遠い親戚だという男がセリーヌを妻として迎えに来た日を、メロ子は忘れない。セリーヌは誰にも顔を見せないまま三日三晩泣き暮らし、結局はその男について街に行った。嫁いで行く日、二人はお気に入りの場所、村はずれの古いケヤキの木の下で、別れの時を過ごした。
「たとえ会わずとも友よ、私はあなたと共に。友情は永遠に」
儀式めいたことをしながら、二人はそれぞれおそろいのリボンを交換したのだった。セリーヌのリボンをメロ子の手首に、メロ子のリボンをセリーヌの手首に結びながら、二人は永遠の友情を誓い合った。強く抱き合い、泣き、お互いの泣き顔を見て、笑った。

あれから2年。二人がこれほど長いこと会わなかったのは初めてである。シラクスの街に着き母の薬を手に入れたメロ子は、駆け出したいような気持ちで、セリーヌの家に向かった。特別に話すことがあるわけではなかった。それでも会ったらきっと、私たちは笑い、話題は途切れず、時間なんてあっという間にたってしまうだろう。ああ、早くセリーヌに会いたい。はやる気持ちを抑えながらメロ子は叫びたくなる。セリーヌ!
セリーヌの家はすぐに見つかった。何人もの弟子を抱える街一番の石工の家は、高い壁に蔦が這う立派なものだった。門扉を叩くと、暗く重い顔をした女の使用人が出てきた。メロ子は言った。
「セリーヌにメロ子が来たと伝えてください」
女が無言で奧へ引っ込むと、すぐにセリーヌが、家の中から出てきた。ぱたぱたと忙しない感じで向かってくるその小さな足音は、メロ子のよく知るセリーヌのものだ。ああセリーヌ!しかし、久々に目にするセリーヌの姿に、メロ子は息を飲んだ。
かつてのふっくらした頬はこけ、深く黒く濡れていた瞳は、ぼんやりと暗かった。細い糸でつくられた柔らかなドレスを着たセリーヌは美しかったが、名を簡単には呼びかけられない厳しさが滲み出ていた。
「メロ子、急にどうしたの?」
黙ったままのメロ子に、セリーヌが声をかけた。セリーヌが喜んでいるのか、戸惑っているのか、メロ子には分からなかった。
「セリーヌ!母の薬を買いに、街に来たの。ずっと、ずっと、会いたかった!」
セリーヌは表情を変えず、メロ子の目を見ようともせずに小さい声で言った。
「メロ子、ごめんなさい。今はムリなの」
セリーヌの目は泳ぎ、何かに怯えているように見えた。よく見るとセリーヌの左頬にはうっすらと痣があり、細く白い手首にも、指で強く押されたような痕があった。メロ子の視線に気がついたのか、セリーヌは慌てて言った。
「メロ子、お願い、もう帰って。あの人が戻ってくる前に、帰って」
「セリーヌ、何があったの?ねぇ、その傷はどうしたの?」
メロ子の声には応えず、セリーヌは門を閉め、そして家の中に入ってしまった。その後ろ姿の小ささに、メロ子は呆然とした。

メロ子は泣いた。ただただ悲しかった。セリーヌは、もうメロ子の知るセリーヌではないのだ。でなければ、あんなにも冷酷に追い返せるはずがない。セリーヌは結婚して変わったのだ。メロ子は、そう思うようにした。セリーヌの怯えた顔は、なかなか頭から離れなかったが、メロ子はもうセリーヌに求められてはいない。もう、友ではないのだ。メロ子はそう言い聞かせ、セリーヌを忘れようとした。

1年後の春、メロ子はまた病弱の母のために薬を求め、シラクスの街にやってきた。1年前と比べ、メロ子の足取りは重たく沈んでいる。セリーヌの家に寄るべきか、寄らずに帰るべきか、せめて家の前を通ってみようか......考えながら歩いていると街の中央で人だかりがあった。大勢の男や女、子どもたちが大騒ぎしていた。
「処刑だ処刑だ!」
「女が処刑されるぞ!」
興奮を抑えきれない様子で、男が叫んでいる。興奮した子どもらがそこら中を走り回っている。どんな女が処刑されるのだろう。ふと首を伸ばし、処刑台に立つ女の顔を見た。
セリーヌだった。
処刑人が罪を大声で読み上げる。

「この者、夫殺しの罪で、処刑する」
群衆はどっと、沸いた。
「早く殺せ!」
「魔女は殺せ!」
「そいつは怪物だ!」

怒号が響く。どよめきの中、処刑台に立つセリーヌは、まっすぐ空を見つめていた。誰の声も耳に入らないように、静かに一人、立っていた。
とっさには何が起きたのかメロ子には飲み込めないまま、気がつけば叫んでいた。考えるよりも先に叫び、動き、手足をばたばたとさせ、人混みの中に分け入っていたのだった。

「やめて!!!やめて!!!!!やめてください!!!!セリーヌを殺さないで!!!!」

高い声で叫び、手足を振り回し、持っていた荷物を全て投げ出すようにして、メロ子は暴れた。人混みをかき分け、セリーヌのそばに、少しでもセリーヌのそばに行けるように暴れた。暴れた。
「何事じゃ」
その時、処刑台の横で処刑を見物に来ていた女王が、椅子から立ち上がった。
「処刑を邪魔しようとしているのは、誰じゃ」
メロ子はあっという間に兵に囚われ、女王の前に引き出された。女王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
「セリーヌを殺さないでください」
とメロ子は女王に言った。
「この女は夫を殺したのだ。十分に食べさせ、着飾らせ、暖かい家を与えてきた罪なき夫を、寝ている間に刺したのじゃ。死罪以外にはない」
「しかし女王、女が理由なく夫を殺すでしょうか」
「たとえ理由があったとしても、夫殺しは重罪であることを、お前も知っているだろう。しかし女よ、お前はなぜ、この女を庇うのじゃ」
メロ子は言った。
「友だからです」
言いながらメロ子は、自分を恥じた。1年前、自分は「もう友ではない」と、泣いたではないか。セリーヌの痣を見たのに、無言で立ち去ったではないか。今さら友を名乗るなど......。それでも言わずにはいられなかったのだ。
「友だからです」
女王は憫笑した。
「女の友情など、もろいものだ」

女王にも、かつて親友がいた。が、親友は女王の恋人と共に外国に逃げた。まだ少女だった女王は、その時に思い知ったのだった。男に裏切られるよりも、女友だちに裏切られることの、あまりの痛みを。
それから女王は、女友だちを、二度と持とうとはしなかった。女は男一つで変わり、恋一つで簡単に友を裏切るのだから、と。
メロ子は泣いた。自分に言い聞かせるように、女王に叫んだ。

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メロスのようには走らない。〜女の友情論〜

北原みのり

独身、既婚、子持ち、子なし、お金持ち、貧乏、美人、不美人…。ちょっとの「違い」ゆえに、時々ぶつかる私たち。それでも、男には絶対に見出せないものが、女の友情にはある。「女友だち」の新しいカタチを描く、北原みのりさんのエッセイです。

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コメント

culuculurin 「走らないメロ子」、想像以上に良い話だった...笑// 4日前 replyretweetfavorite

renya_0207 何気無く読んだら泣いてしもたねん…。 14日前 replyretweetfavorite

uxuuxu 原作よりも現実味があって泣ける。 15日前 replyretweetfavorite

maminacat #SmartNews なるほど https://t.co/MrI6tqsDYx 15日前 replyretweetfavorite